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不便さは、人をつないで感謝を生む

「君が来た気がした」と、店先から出てきてくれた男の子は、そのとき初めて会った人だった。

バイクで溢れたベトナムの大通りから一本小さな路地に入ると、そこはとても静かで、あたたかくて、優しかった。

約束していた時間より少しばかり早かった。わたしはいつもどおり携帯の地図を縦にしたり横にしたりして、「ほんとうにこの場所でいいのか」と、おろおろしながら道の真ん中に突っ立っていた。

「ここだよ」と彼は優しく微笑んで、お店にわたしを手招きした。「やっと会えたね。はじめまして」と言って、わたしたちは握手した。

ベトナムのハノイで「豊かさ」を考える旅を、仕事でご縁があって、作った。訪問先をひとつひとつを訪れて、ひとつひとつ企画を説明した。少年は、その旅の訪問先だったベトナムの社会的企業のひとつ、Dao's Careの創業者の息子、クアンくん。

Dao’s Careは、ベトナムの少数民族である赤ザオ族の伝統的なハーバルバスと、マッサージを提供している。そして彼らは、目が不自由な人々をセラピストとして雇用し、マッサージスキルだけではなく、語学や料理の作り方など、さまざまな自立支援トレーニングを行っている。

目が見えない人々は視界を持たないぶん、五感が優れているため、巧みなマッサージができるという。クアンくんは目が見える。けれど、わたしがお店の近くに来たことをきっと、優れた五感で感じ取ってくれたのだ、と思った。

「好きなことを仕事にできて、幸せ。わたしたちが幸せであれば、それはお客さんに伝染するの」「幸せは、簡単だよ」と、創業者の女性の一人、ミンさんは言っていた。

ベトナムではあまり、SDGsだとかCSVだとか、(まだ)あまり聞かない。彼らが心から、ただ好きで、ただやりたくて、そうすることで自分が幸せになっている。彼らは自分を愛している。その幸せが人々に伝わり、広がっていく。それがベトナムのサステナビリティだ。


「よく日本からここまで来たね」「お茶を飲んでいきなよ」「次はどこに行くの?」「道はわかるの?」


ベトナム人がくれる愛情を、わたしにはどうやったって真似することができない。

不便益という言葉があるけれど、不便さは、人をつないで感謝を生む。この経済発展をし続ける国、ベトナムが、これから先も自分自身への愛情と自分の幸せを守り抜くことを、どうか忘れないで、変わらないでいてほしいと、わたしは彼らの優しさに触れるたびに想う。


別れ際にクオンくんは、路地の入口までわたしを見送りに来てくれた。「次は、Pizza 4P'sにいくの」と言って右に曲がろうとするわたしを引き止めて、「Pizza 4P'sは左だよ」と、笑って道を教えてくれた。


この旅で、またハノイが好きになった。いつもわたしにたっぷりの愛と、居場所をくれてありがとう。

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いつも見てくださっている方、どうもありがとうございます!こうして繋がれる今の時代ってすごい