見出し画像

【パーマカルチャーデザイナー vol.9】Tomohiko Harada

これはPawa Permaculture Design Course(以下、PDC)から誕生したパーマカルチャーデザイナーたちのリレーコラムです。

※パーマカルチャーとは
人間にとって恒久的に持続可能な環境をつくりだすデザイン体系
(『都会からはじまる新しい生き方のデザイン』より)

地球の上でたのしく生きるためのくらしの工夫のこと
(『みんなのちきゅうカタログ』より)


#9 Tomohiko Harada

#8 松岡美緒からの紹介は#9 原田友彦 こと『ともエル』。

豊かな表情と明るい笑顔で緩やかな雰囲気を伝えてくれる彼は2016年の初めてのPDCの参加者でした。

その時は『ぽよちゃん』と言う愛称で親しまれていましたが、呼び名はその時々で変わりこの数年でも様々な変化の時を迎えていたようです。

Q1.あなたについておしえてください

画像1
住んでいる島・出羽島@徳島
©︎Tomohiko Harada

徳島の小さな島・出羽島でフォレストガーデン(食べられる森)を育てながら、電気・ガス・水道をひかないオフグリッドの暮らしをしています。

今年から町の役場といっしょに「海に浮かぶ食べられる森プロジェクト」をスタートしました。

画像2
食べられる森プロジェクト
©︎Tomohiko Harada

島外の参加者と一緒に島の耕作放棄地を「食べられる森=フォレストガーデン」に育てていくプロジェクトです。

ほか、オンラインセミナーやガーデンツアー・出張でお庭づくりやワークショップなどしています。1人でも多くの人に食べものを育てながら暮らす喜びと幸せをお伝えできればと活動しています。


画像3
食べられる森プロジェクト
©︎Tomohiko Harada

20代のころ「ほんとうのこと」が知りたくて哲学ばかりしてました。

30歳を過ぎて行きづまりを感じて青年海外協力隊でパプアニューギニアへ。

「有機農業による稲作の普及」のためキリスト教系の女子高に「農業の先生」として赴任しました。農業やったことないのに(笑)

パプアは暑いしパプア人はあまり働かないと聞いてたので現地でも続けられるやり方はないかと調べていたら、川口由一さんの「自然農」に出会い同僚の先生や生徒・村の人たちと一緒に自然農で稲作や野菜栽培に取り組みました。

画像4
パプア・同僚のお家へホームステイ
©︎Tomohiko Harada

2年の任期を終えるとき「日本に帰って何をするにせよ、食べものを育てながら暮らしていこう」と決めました。

これは『人にとって欠かせない、水や空気と同じくらい当たり前のこと』なんだと気づきました。

帰国して高知で農業と林業、伊豆の山の中で自給自足とみかん農家をし、5年くらい前にいま住んでいる徳島の小さな島・出羽島に引っ越してきました。

伊豆のころから10年ほど電気・ガス・水道をひかないオフグリッドの暮らしをしています。

画像5
伊豆の暮らし
©︎Tomohiko Harada

いま暮らしている島では、暮らしにパーマカルチャーを自然農にフォレストガーデンを取り入れることで伊豆のころに比べてものすごく楽になりました。何もしなくても食べものがある。

日に日に育っていく「食べられる森=フォレストガーデン」とともに暮らしていくのはとても幸せです。

画像6
バナナも植えました
©︎Tomohiko Harada

Q2. パーマカルチャーデザインコースを通して

画像7
ネパールPDC
©︎Tomohiko Harada

PAWAのPDCの直前にネパールでPDCを受け、その後インドを1ヶ月旅して帰国直後にひどいゲリをしてPAWAのPDCに参加しました。

PDCの内容は世界共通だけどネパールと比較して面白いのはファシリテーターによって重視するポイントやカラーが変わること。

PAWAのPDCはおなじみのフィルカイル・海くん(敬称略)というゴールデントリオの個性が輝いていて「日本で受けるならこの一択」とおススメしています。

画像8
プレゼンの賞品のコンポストトイレ。使ってます(笑)
©︎Tomohiko Harada

とりわけフィル師匠のおひさまのようなポカポカ感はほんとにすごいなと思います。パーマカルチャーって伝える人によって印象が変わるので、私がお伝えするときは、「ともエル(私)がパーマカルチャーだと思わないで」と伝えています(笑)

同期のみんなも各地で活躍してるのをみて、それぞれの活動がグングン育ってそれが森のようにつながって【楽園のような地球】が育っていくのをとても楽しみにしています。 

Q3.あなたにとってパーマカルチャー って

画像9
Dion&麻子
©︎Tomohiko Harada

パーマカルチャーは『暮らしを楽に、豊かに、幸せにする宝箱』だと思います。

私のケースでは、農的な暮らしにパーマカルチャーを自然農にフォレストガーデンをとりいれることで、ほんとーに楽になりました。

自然農を『幸せや不幸せを超えた絶対安心のいとなみ』とすると、2つ合わせたら本当に無敵です(笑)

パプアから帰国してパートナーのかれんちゃんとともに暮らしています。

ぼくらにはじめてパーマカルチャーやフォレストガーデンを教えてくれたDion&麻子さんには心より感謝しています。

(※Dion&麻子は伊豆でshikigakiという自然と共生した暮らしの場を営んできたお二人で、現在は伊豆から拠点を移されているそうです。)

Q4.PDCで出会った中でバトンをつなぎたい人

画像10
Permaculture Design Course

茜ちゃん。

ぼくらのPDCでスタッフとして支えてくれた人。

芯が強くて誠実。ピュアな志を持っていて、本気で取り組んでいる。フワフワしてなくて着実に堅実に続けていく力がある。広い視野で物事をみていて、「ちいさな自分」だけでなく、「大きなわたし」をもっている人。

あくまで印象です(笑)

最後に
このコラムのバトンをつないでくれた美緒ちゃん
この場を用意してくれた茜ちゃんに心より感謝します。

そして今まで関わりのあったすべての方とこれをお読み頂いた皆さまに心より感謝します。

ウィルスや気候変動、夫婦喧嘩など現象はなかなか大変かもしれません。
現象はすぐには変えられないけど「現象をどうとらえるか」はすぐに変えられます。
すべての望ましくない現象は「小さな自分」から「大きなわたし」へと意識をシフトしていくチャンスと思えば今の状況はとてもチャンスに恵まれています。

ひとりでも多くの方が「大きなわたし」に気づいて「ほんとうの幸せ」になるのを心よりお祈りしています。

ありがとうございました。

画像11
出羽島の朝日
©︎Tomohiko Harada

______________________
原田 友彦
Tomohiko Harada
note ともエル
Instagram a.tomoel
FB 原田友彦
FB 地球楽園 Ohanami フォレストガーデン
______________________

去年の春に外出することがはばかられた時期。

土にふれることでおだやかな時間を過ごすことができた人が増えたと耳にしました。

そんな時、「タネを蒔こう」とたくさんの人にタネを送る活動をはじめたことがきっかけで久しぶりに連絡をとったともエル。

どんな状況でもチャンスに変える天才で会えなくても楽しみながら暮らしている姿が伝わってきます。

ともエルからのバトンは、PDC事務局の #10 増田茜 へ。
6年目のPDCを目前に今の想いを綴りたいと思っています。

2021/7/22 大暑