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【作品を観るための選択肢を増やすこと】コンテンポラリー・パンク・オペラ"4.48 PSYCHOSIS"|「応援チケット」顛末

「劇場」では、お客様に見ていただいて初めて「作品」が生まれます。
そして「劇場」は、お客様に「楽しい時間」を過ごしていただくためにあります。

しかしながら、昨今の新型コロナウィルス感染症の拡大を受け、多くの劇場が作品を生み出せなくなり、同時にお客様が劇場で作品に出会う可能性も奪われてしまいました。
この2つの喪失をさせないために、コンテンポラリー・パンク・オペラ『4時48分 精神崩壊』の創作に関わっているメンバーと話し合いを続けてきました。
ひとつは、この作品を幻で終わらせないように、きちんと作品として世に送り出すこと。
もうひとつは、お客様がこの作品を観るための選択肢を増やすこと。できる限り安心な環境で作品に出合うことのできる機会をつくること。

現実的な空間としての「劇場」という概念を広げて、期間限定の配信という形で、インターネット上に「モバイル劇場」を仮設オープンします。
見えないものへの恐怖を抱えて過ごす日々。この配信で少しでも楽しい時間を過ごしていただけましたら嬉しいです。この度は、応援をいただき、誠にありがとうございました。

川口智子

これは、コンテンポラリー・パンク・オペラ『4.48 PSYCHOSIS(4時48分 精神崩壊)』公演の記録映像を配信した「応援チケット」ご購入へのお礼のことばとして、演出家・川口智子さんがメールに書き添えた文章です。

アーティスト・イン・レジデンスPARADISE AIRの運営団体「一般社団法人PAIR」は、2020年3月に行われた『4.48 PSYCHOSIS』東京・北九州公演の主催団体として、川口さんをはじめとした上演チームのクリエイションをサポートしてきました。

2月のチケット予約開始以降、新型コロナウイルスが世界的に広がっていく様子を見て、上演をしてもよいのか、安全に実施するためには、と大変に気をもんだ日々をおくりました。
しかしながら、およそ2年に渡り育ててきた作品の内容や、2月28日と3月8日におこなった関係者内公開リハーサルでの作品の進化に感化され

①チケット購入済みのお客様が会場に来られなかったとしても、遠隔で作品を鑑賞できる選択肢を設けること
②稽古期間中からスタッフ・キャスト含め、稽古場・劇場に出入りする関係者全員が検温を行ない体調管理を徹底すること


をクリアした上で、来場のお客様にも検温・手指消毒などさまざまご協力頂き、予定通り幕を開けることにしました。

結果として、東京公演は東京都が首都圏住民に週末の外出自粛を呼びかける前に終えることができ、北九州公演は福岡県に緊急事態宣言が発令される前に終えることができました。稽古期間を含めて、ほんとうにギリギリのタイミングで作品を世に出すことができ、また、お客様や公演関係者から感染の報告なく終演から2週間が経ったことは、今振り返れば幸運としか言いようのない出来事でした。

今回の上演にあたって講じた対策は、緊急事態宣言が発出された今となっては実施も難しいと思います。
ですが、窮余の一策として実施した「応援チケット」の仕組みは、舞台芸術関係者で記録映像をお持ちの方や、ファンのいるカンパニーの方には、応援をいただくためのチャンネルとして有効ではなかろうかという気づきもありました。

以下はPARADISE AIR(一般社団法人PAIR)が「応援チケット」を実施した一部始終です。舞台芸術を専門とするチームではありませんが、この時期にチケット販売をする上で行なった実務的な情報をまとめました。とくに

・作品の記録映像などをお持ちで、オンライン公開の方法を探している方
・作品やカンパニーのファンとのつながりをオンラインで維持したい方
・コロナ禍以後に公演を予定されている方
・劇場の席数以上の人数に作品を届けたい方

といった、舞台芸術に関わる方への情報提供として、ご紹介したいと思います。

公演詳細

以後、この枠内ではPARADISE AIRスタッフの所感を記載します。

プロジェクト・タイムライン

*は作品の上演・発表機会

2018年2月  若葉町ウォーフ(横浜)にて滞在制作
      *テキスト・シェアリング版初演(横浜)
    9月  川口さんから一般社団法人PAIRへ協働のおさそい
       →ここからPARADISE AIRメンバーがプロジェクトに参画
    12月 *テキスト・シェアリング版上演(仙台・横浜)

2019年4月 *テキスト・シェアリング版上演(北九州)
    8月  ヘンデンブリッジ(英国)にて滞在制作

2020年2月上旬   公演告知・チケット予約開始
    2月23日  オペラ版稽古開始
    2月28日 *PARADISE AIR(松戸)にて公開リハーサル①
    3月  8日 *PARADISE AIR(松戸)にて公開リハーサル②
    3月14日  「応援チケット」発売・チケット事前決済開始
    3月21日 *オペラ版初演・東京公演
     |
    3月23日  東京公演終了
    3月27日 *オペラ版北九州公演
     |
    3月28日  北九州公演終了
    3月30日  「応援チケット」販売終了
    3月31日 *「応援チケット」動画配信

    5月→無期延期  *オペラ版英国ツアー

「応援チケット」とは

「応援チケット」は、会場での座席確保を行なわない(来場しない)代わりに、公演終了後、ご登録いただいたメールアドレス宛に舞台記録映像の視聴用URLをお送りするチケットです。
また、公演チケットを事前決済したお客様が来場をキャンセルした場合には「応援チケット」へ自動的に振り替え、映像配信の対象者としました。

舞台映像は東京公演最終日に撮影し、北九州公演期間に編集・映像チェックをおこないました。公演が終了した3日後の3月31日に映像視聴のためのURLをメール配信し、3月31日〜4月7日を動画視聴可能な期間と設定しました。

今回は新作公演かつ急遽決まったため、映像撮影〜編集〜納品〜公開のスケジュールが大変厳しいものになってしまいました。カメラ4台体制での一発本番撮影・録音、その後のカット割り編集・日本語字幕入れ・整音というとても1週間で敢行したとは思えないボリュームをこなしてくださった撮影チームには、本当にお世話になりました。(コロナ禍のお仕事のキャンセルがなければ受けていただけなかったでしょう・・)
ちなみに、映像記録費用についてはもともとの公演予算に入っていたものをベースにしました。公演以後の営業・関係者内利用を前提としたものから、今回の状況に対応するために記録チームへのオファー内容を調整しました。

このあたり、公演記録データをすでにお持ちの人・カンパニーであれば心配しなくても良いのかもしれません。

決済システム:Peatix

・公演チケットの事前決済
・「応援チケット」の事前決済+配信先メールアドレスの収集
・来場者のチェックイン(入場済み確認)が受付の操作でシステムに自動反映される
・公演チケットご購入の方が来場していない場合、「応援チケット」へ振り替えるためのチェック
以上がスムーズにできるツールとしてPeatixを導入しました。

正直、「5%+99円/枚」の販売手数料は小さくはないですが、Peatixを使わないと届いていなかったお客様がいるわけで、終わってみた今は払う価値のある金額だったと思います。

今の状況、お客様の安全安心を考えると仕方のないことですが、予約のみ(会場精算)の当日キャンセル率の高さは運営側としてはとても心臓に悪いいものです。Peatixの事前決済と「応援チケット」振り替えで、来場者・運営者双方にとって下記のようなことがカバーできたのではないかと思います。
来場者にとって:キャンセル連絡が不要で、当日ギリギリまで会場に行くか迷える。「最悪映像を見よう」という選択肢が生まれた。
運営者にとって:予約のみの当日キャンセル=席を確保した上でのチケット収入ゼロ円、をある程度防げた。

料金設定

「応援チケット」の料金は公演チケット(一般・スタンディング)と同額の3,500円としました。
公演チケット(学生3,000円/一般・ベンチ席4,500円)から振り替えた場合は差額支払/返金なしで映像を配信しました。

また、「応援チケット」販売開始時点では映像のクオリティがどのようになるか見当がついていなかったため下記のような文言を注意事項として掲載しました。
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記録映像は限りある予算・人員・機材の中で、来られなかったお客様に少しでも公演の雰囲気をお伝えしたく制作するものです。実際の観劇体験や製品化された映像メディアとは異なることをご了承の上、ご購入ください。現在の状況下で「公演・パフォーマンスを今できる限り実施すること」に対して応援を頂く、という意味で「応援チケット」と名付けました。皆様のお気持ちをお寄せ頂けると幸いです。
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3月の時点で多くの方が過去の映像作品・映像記録を無料配信していました。また、有名ミュージシャンが無料のライブ配信を行なったりもしていました。

しかし、『4.48 PSYCHOSIS』は新作公演としてチケット料金をお支払いいただいた上で来場するお客様がいる状況。この時点での無料配信はできないと思っていました。
また、この状況下ではそもそも公演チケットが売れない、という止むに止まれぬ事情もあり。名称に「応援」を入れて、クラウドファンディングに近い形(リターンは映像配信)を想定しながら券種・料金を設定しました。

後述しますが、結果としては、「応援チケット」を(単なる応援ではなく)作品を観られる機会として楽しみにされていたお客様が多くいた事がわかりました。今わたしたちがもう一度このチケットを販売するならば、観劇の一形態・券種として「映像配信チケット」と名付けるかもしれません。

売れ行き

50枚=1公演分の集客数 を一旦の目標に設定して広報を行いました。
3月14日に販売を開始してすぐに温かいメッセージとともにご購入いただいた方たちが現れました。
3月28日に北九州公演が終わった後、30日まで販売を続けることで、SNS発信を見て駆け込みで購入くださった方も多かったです。(下図:Peatixページビュー)

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販売締切直前には日本語字幕入りの記録映像が完成し、どのような映像(カット割り)を見ることができるか分かるスクリーンショットも公開しました。

全編英語歌詞・日本語字幕付きの上演だったため、既に公演をご覧になった方の中からも日本語テキストをもう一度見たい、もう一度歌を聴きたい、とあらためて「応援チケット」を買っていただいた方もいました。

最終的に、「応援チケット」ご購入の方71名(うち2名は2枚購入)と公演チケットから振り替えた方7名、計78名に映像URLとパスワードを記載したメールを配信しました。

映像配信:Vimeo

・ダウンロード禁止設定ができる
・プライベートリンク発行+パスワード設定ができる
・高画質で広告が入らない
以上のことから映像のアップロード先はVimeoにしました。1時間半/10GBを超える映像データだったため、Vimeo PROメンバーシップのトライアルに加入してアカウントを作りました。

一度、公演名でアカウントを作ろうと試したところ、アカウントが停止してしまいました。Vimeoには商用コンテンツ配信の為のガイドラインがありますので、ご注意ください。

映像視聴数

映像URLは78名にお送りしました。視聴可能期間を過ぎた4月8日時点で、Vimeoの分析ツールによると
・再生ボタンをクリックした回数:246回
・作品の最後のフレーズまで再生した回数:73回
でした。(下図:Vimeo分析ツールより)

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お一人が何度も見ている、という可能性もありますが・・・(それは分析ツールではわかりませんでした)。お一人1回見ていただいたと仮定して単純計算をすると、配信した方の9割以上が作品を最後までご覧いただいたことになります。

また、映像視聴のために使われたツールで多かったものはデスクトップ、携帯電話、タブレットの順でした。(下図:Vimeo分析ツールより)

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※各項目の棒グラフ
 濃緑:インプレッション数(画面表示のロード回数)
 水色:再生ボタンをクリックした回数
 薄緑:全編鑑賞した回数

公演会場以外の場所で、しかも記録映像で、1時間半の作品を最後まで見てくださった方がこんなにもいた事に、運営側も驚きました。そして多くの方が携帯ではなくデスクトップ画面でご覧いただいたという事から、できるだけ大きな画面でしっかり見ようとして頂いた姿勢が感じられます。
これは、観始めると惹きつけられる作品の内容はもちろんのこと、記録映像チームのおかげで1時間半飽きることなく観られる画作りをできたことが大きな理由だと思います。

また、お客様の側にもこの状況の中でお金を出して、映像であっても、舞台作品を観られる機会を求める気持ちがあったのものと推察します。
クラウドファンディングのような形で応援を集められないだろうか、と始まった「応援チケット」でしたが、結果として作品を届けられる対象の間口を広げてくれたと思います。
SNSでは映像を見た上で、「今回は来場を諦めたが再演があるならばぜひ行きたい」という声も頂きました。本当にありがたいことです。

「応援チケット」販売にあたって決めていたこと

「応援チケット」の準備段階から、常に公演中止の可能性はありました。そこで、主催者・公演チームでは下記のような決め事をした上で準備を進めていました。

[公演中止の条件]
・出演者・関係者に感染症罹患者が出た場合
・東京公演の来場者の中から感染者が発生し、北九州公演前〜最中に運営側に連絡がきた場合
・緊急事態宣言によるイベント中止要請があった場合 など

[公演中止の場合:無観客映像収録@東京が可能な時]
・公演チケットを買った方→メール連絡で下記を選んでいただく
 ①配信(応援チケット振り替え)
 ②払い戻し
・座席チケットを買った方→動画配信実施。払い戻しなし

[公演中止の場合:無観客映像収録@東京が不可能な時]
・公演チケットを買った方→払い戻し
・応援チケットを買った方→メール連絡で下記選べる
 ①公演チーム応援のため寄付(イギリス公演での記録撮影など、この先何かお返しできるものが発生したらお送りできるが保証はない)
 ②払い戻し

公演中止になった場合のプランを決めておいたことで、頭の片隅でいつもちらついていた「公演中止になったらどうしよう」というモヤモヤが少し軽減されました。
このほかにも、「応援チケット」お知らせのための文言整理や各段階での確認事項をGoogleドキュメントでまとめていました。舞台芸術関係で参考にされたい方はこちらから閲覧できます。何かのお役に立てれば幸いです。

公演クレジット

“4.48 PSYCHOSIS”
by Sarah Kane

コンテンポラリー・パンク・オペラ
『4時48分 精神崩壊』
作:サラ・ケイン
翻訳:谷岡健彦

演出・美術・字幕テキスト:川口智子
音楽:鈴木光介
ドラマトゥルク:ニーナ・ケイン

出演:滝本直子
   小野友輔
   中西星羅
   鈴木光介
   葉名樺/声の出演

音響:島 猛
照明:横原由祐 
映画:北川未来 野畑太陽
衣裳装飾:角田美和  
舞台監督:伊東龍彦
宣伝美術:太田裕介

音響操作:川崎理沙
字幕操作:北川未来
稽古場助手:野田容瑛

トレイラー映像:金巻勲
記録写真:遠藤晶
応援チケット・記録映像コーディネート:PARADISE AIR
記録映像:冨田了平
録音:庄子渉

主催:一般社団法人PAIR
助成:芸術文化振興基金
協力:PARADISE AIR/森純平 金巻勲 藤末萌 宮武亜季 五藤真 庄子渉 田村かのこ 宮内芽依
   枝光本町商店街アイアンシアター/鄭慶一
応援:若葉町ウォーフ

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文責:PARADISE AIR(一般社団法人PAIR)

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