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小説『蛇』

うれないうらないしみならい 手御簾(てみす)
うそにおぼれたうそつき 常(つね)
うそがきらいなおじょうさま 陽芽(ひめ)
うそをつかないしょうじきもの 政(まさ)

第一章


「もう疲れた!」
そう言ってテミスは薪を落っことすと、そこの椅子に座りこんだ。おしりと椅子はちょうど接着剤が間に入ったようにぴったりと動かない様子だ。
「しょうがないよ。仕事だもの」
そうマサが言う。マサはテミスの薪を拾うと、よいしょよいしょと火の方へと持って行った。ありがとうと保護者に言われると、また薪を持ってこようとしたので、保護者はもういいよとそれを止めた。
「もういいってさ」
マサはそうテミスに告げる。
「二人とも、頑張ったね……」
ぼそぼそとそう言うのはツネである。ツネは小さな小枝を拾っていたようだ。
「ツネ!薪はどうしたのよ!」
テミスは怒りながらそうツネに詰問しだした。
「……僕、重いもの持つの苦手だから……」
「嘘!男の子なんだからもてるでしょ!」
「ごめん……」
「謝るのも、嘘!」
「ごめん……」
「ほら、謝った!嘘だったんだ!」
テミスは当たり散らして、ツネにそう言った。
「まあ、まあ。ツネも悪いと思っているんだよ」
マサはそう言うと、本を取り出した。そしてゆっくりとした自然の時間を満喫しようとし始めた。
「マサ。肩をもんでちょうだい」
「はいはい。ヒメ」
満喫しようとした時間は何もしていないお嬢様のカタモミの時間に消えることになりそうだ。彼女の名前はヒメ。今日担いだ薪の数はゼロだ。
四人は保護者同伴でキャンプに来ていた。保護者が言うとおりに四人は集まって、キャンプに行くことになった。四人は親の関係で連れてこられたので、特に面識はない。でも、それでも二日目にもなると、多少は話をするようになった。しかし関係性はそんなに良くない。テミスはわがままだし、ヒメは何も自分でしないで人をこき使うし、ツネは悪そうに嘘をつき、マサはぱっとしなかった。

第二章


そんな四人は川の方に保護者同伴で向かった際、ちょっと目を離したすきに飛び石を渡って、向こう側の森の中に入り込んでしまった。言い出しっぺはヒメであった。ヒメは退屈であらせられた。ない頭をひねったところ、昔読んだ本の一節を、可愛らしいひと拍手とぱあっとした笑顔と一緒に思い出した。
「面白いことがないのなら、探しに行けばいいのですわ!」
そう言って、危険の看板を横目に、ぴょんぴょんとうさぎのように器用に飛び石を渡って行ってしまったのだ。それを見つけたマサが、残りの三人と一緒に引き留めに行ってしまった。
「ちょっとみんな、危ないわよ!」
テミスもそうは言ったのだが、みんなを止めないとという一心が彼女の判断を奪ってしまった。無理もない。まだ花も恥じらう乙女なのだから。

第三章


大きなつららが二本垂れ下がった大きな洞窟の前に来た。リボンのついたデコレーションケーキのような柄のブーツをはいたヒメは、皆から逃げるようにその洞窟の中に入っていった。追いかける三人。
光の連なるところに導かれて、三人は入っていく。途中で息が切れて、小休止。はぁはぁとうるさい息を収めると、冷静になって、その次の瞬間、さあっと血の気が引いた。
洞窟に入ってきたときは気づかなかったが、後ろを振り向くと帰り道が分岐していて、どれが本当の帰り道かわからなくなっていたのだ。
まずい。迷った。
「どうしよう、今どこにいるか、わかる?」
二人に聞くマサ。
答えは二人とも、首を横に振っていた。
「どうすんのよ!ヒメは置いていけないし、私たちは迷子だし!」
「きっと、大丈夫」
ツネがそう言う。
「嘘つくんじゃないわよ!」
そりゃそうだ。こんな時なのに、ツネは明らかな嘘をついていた。呆れたものだ。テミスはそう思った。
「どうしようか」
マサはそう聞いた。
「ヒメを連れて戻る」
ツネはそういう。
「どうやってよ」
ポニーテールのテミスがそう聞いた。次にいう言葉は嘘の一言だろう。
「ヒメがどこ行ったかはわからない」
冷静にマサが説明した。
「じゃあ無理か」
ツネの態度にテミスは舌打ちした。ツネのことだ。そんなことは分かっていたに違いない。
「適当なこと言って、あんたね!」
「落ち着いて」
マサがそう言う。
「ヒメがどこ行ったかこの状況でわかる人はいる?」
「いないわよ」
「ならそれより、保護者の助けを得た方がいいと思う」
「どうやってよ」
「明かりをたどってみるのはどうだろう」
「明かりがともっている通路は二つあるのよ?」
とテミスは言った。
「なら、どっちかはあっているんだ」
「どっちよ」
「それは行ってみればわかる」
「さらに迷子になったらどうするのよ」
「マジックペンを持っている」
「印をつけるのか」
ツネが珍しく嘘ではない答えを返した。
「そっか」
テミスは納得した。納得すると、ちょっとほっとしたのか、軽く笑顔になった。テミスの笑顔は怒っているときの二倍可愛かった。
そう言って、進み始めた三人だったのだが。
「あれ?」
「この印、間違いない、わたしたちがつけた印だよ!」
「なんで戻っているんだ?」
「気のせいだ」
「嘘つかないでよこんな時に!」
テミスが怒ったとたん、それにこたえるかのように部屋と通路の明かりが急にちかちかし出した。
「ちょっと、なに?これ?」
「わああ、まずい……」
「みんな大丈夫!」
ツネが思わずそういう。
「大丈夫じゃないわよ!」
テミスが再び怒ると、またそれにこたえるかのように、明かりがすべて消えた。
「きゃー!」
「みんな、落ち着いて!」
マサがみんなを鎮めようとする。
「大丈夫!」
次の瞬間、明かりがまたついた。
そこには、テミスの姿はもうなかった。

第四章


「いててて……」
テミスは無事だった。強くおしりを打ったこと以外は、何も起きていなかった。
見たところ、まだ洞窟の中のようだ。地下に落ちたものの、腰や手足、頭などは、きちんと体としてくっつきあっていた。ただことさらおしりが痛かった。
ここも明かりがついているようだ。
「みんなとはぐれちゃった……。怖いよ……」
そう思うと、テミスはとても不安になった。今までなんだかんだでみんながいてくれたから怒ることもできた。もう誰も自分の隣にはいない。頼りない男の子も、嘘つきの男の子も、わがままな女の子も、だれも。
泣きたくても、泣くに泣けないテミスの耳に、誰かがささやいてくれた。
「大丈夫?」
そう、誰かがいたのだ。
「誰?」
そうテミスが言うと、そこには、かわいい子蛇と、わらわらと孫蛇がいた。
そう、誰かとは蛇だった。
「ぎゃー!!!!!」
「わー!落ち着いて、落ち着いて!」
子蛇はそう言うと、ぺろぺろとテミスの顔を慰めるようになめった。それのおかげで、いや、そのせいで、テミスはさらに混乱のさなかに落とし込まれた。
「ああああああああああ!」
「仕方ない。本当は約束が先だったんだけど、このままじゃ子供が踏まれてしまう!」
かぷっ。
子蛇は優しく、テミスの太ももにキスマークを付けたのだった。
すると、毒でも聞いたのか、テミスは意識が穏やかになってきた。
「うう……」
遠のく意識の中、何かを子蛇に言われる。
「僕たちがおじいちゃんの外に出るお手伝いをして!毒の代わりに外に出られる力をあげる!」
「力って、なに……?」
「大丈夫!何もしなくても、きっとわかるから!」
それを一生懸命聞き届けたテミスは、深い眠りについた。

第五章


テミスは起きた。まったく現状が打開しない暗がりに。
どうしよう。どうすればいいの?
そう思って、じっと天井を見た。すると明かりが点のように見えることに気付いた。
あそこにたどり着くにはどうすればいいの?
テミスは、無理を承知で、登ってみようと試みた。
ぐぐっっと握力を使って、崖をよじ登る。すると思いのほか力がうまく入った。
嘘みたい。登れる。
調子づいて、とんとんと登りきると、そこにはからくりのように扉のようなものがくっついていた。かなり堅そうだ。
こんこん。上品にノックしても、びくともしない。
ようし。
そう思って、ええいと力を入れて扉を打ち付けると、ばりっとした音とともに扉が砕け開いた。

第六章


崖をよじ登り終わり、扉を砕くと、そこにはさっきの部屋があった。
みんなは、もう別のところに移動したようで、いなかった。
まずは皆を探さなきゃ。
と、思ったら、明かりが消えた。
「きゃっ」
また?もういや、こんなの。
そう思っていたが、明かりが消えても、なぜかテミスには、「見えて」いた。
どうやら、暗視が使えるようだ。
私、どうしちゃったんだろう?なんかスーパーウーマンみたい。力も強くなったみたいだし、何かあったのかしら?テミスは思った。

第七章


そして、ん?と思ったとき、ざわざわと雑音が入ってきて、しばらくするとしくしくとすすり泣く女の子の声が際立って聞こえた。これは、間違いない、ヒメの声だ。
「ヒメ!いるんでしょ?返事して!」
そう声を響かせても、女の子の声は一向に気付く気配を見せない。テミスは泣き声のする方に向かっていくことにした。
しばらく急ぎ歩いた。もう着いてもいい頃なんじゃないかと思うのだが、ヒメは一向に現れない。確かに女の子の泣き声はするのだが。
テミスはもう一度声をあげた。
「ヒメ!出てきて!どこにいるの!」
そう言うと、はっきりした声で、返事が聞こえた。
「テミス?テミスなの?助けて!道に迷っちゃって!」
「今行く!もうちょっと待って!」
テミスはそう答えると、声のする方へと歩いた。

第八章


ヒメの姿を見ると、テミスはヒメの方へと走り出した。
「ヒメ!大丈夫?」
「よかった。誰も来なかったらどうしようかと思いましたわ。早く私を出口へ連れて言ってちょうだい」
「それが、私も出口がわからなくて」
「え?ええ!?どうしますの?」
「どうしようか?」
「ちょっと!ふざけるんじゃありませんことよ!」
テミスはまたかんしゃくを起こした。
「何よ!自分だって迷っていたくせに!」
「なんですって?この役立たず!」
「ぬ、ぬ、ぬ!」
テミスは思わず手を振りかぶって……。
と、その手がヒメに触れる前に、ぴたりと止めた。
今の力で思いっきりヒメをひっぱたいたら、ヒメは……。
テミスはゆっくりと手を引っ込めた。
「なんですのよ?早く叩きたいなら叩けばいいでしょ!」
「叩かないわよ?」
「今の速さなら叩けたはずですわ。……ていうか、振りかぶる今の速さ……テミスって筋肉ありますの?すごく速かったけど……」
「そう?そんなでも、なかったけど」
そう言ったとき、明かりが消えた。
暗視のために、光る、テミスの眼が、ヒメには見えた。
「え?」
光る、テミスの眼だ。て、み、す、の、め!
「ひいい!」
暗転が止んだ。元の明かりがともる。
大丈夫?今、明かりが……。
「テミスさんて、眼、光るんですの?」
恐る恐る聞く、ヒメを見て、夜目で光る猫の眼を思い出し、即座にこれはまずいと思った。
嘘はついてはいけないと、親からよく言われていた。
ここは事情を話して、と思ったとき、言葉が勝手に、テミスの声に乗って出てきた!
「ああ!これ!これは蛍光塗料が目の周りに塗ってあるの!」
「え?」
「蛍光塗料!」
「……本当ですのね?」
「本当!」
「そうですの……」
その場は収まった。
テミスは異常を感じていた。具合が悪い。何か熱いものが頭をぼうっとのぼせあげている。
その時、蛇にかまれたことを思い出して、テミスはさあっと今度は血の気が引いた。
まさか……毒?
嘘をつく毒に、私はかかったようだ。テミスはそう思った。
「そういえば、ほかの二人はどうしましたの?」
ヒメが質問する。
「ん?それが、はぐれちゃって……」
「なんではぐれてしまいますの、本当、さえないですわね」
「なんであたしがあんたのために他の二人と一緒に……!」
そこまで言うと、また体がのぼせ上った。まずい!
「う……」
「……どうしましたの?」
「……」
ヒメの心配を横目に、テミスは体温に耐えた。
「大丈夫、ですの?」
「……ごめんなさい。軽率でした」
「……そうよ。しっかりなさい!」
「うぅ……」
また苦しみがテミスを襲う。
「あら……本当に、大丈夫?」
「いえ、私が悪いの、ごめんね?」
テミスは嘘を立て続けについた。
すると、体が最初はさらにのぼせ上っていたのだが、だんだんと落ち着いてきた。いつも高血圧のおばさんみたいに怒っていたテミスは、すっかりしおらしくなった。こんなことを言っては、失礼かもしれないが、そのせいか、テミスは少し女の子らしくなったようだ。こう見てみるととても清楚な出で立ちのきれいな女の子に見える。
「あなた、なんか、大人らしくなったわね」
「そ、そう?」
「ええ。改めて見ると、綺麗ですわね」
そう褒められたテミスは、なんとなくわかった。こうしていればいいだけのことだったのだと。
そういえば、ほかの二人は、どうなったのか。探しに行かないと。テミスは思った。なにせ、今頼りになるのは、パワーアップした自分だけだからだ。
「とにかく、ほかの二人と合流して、出口を見つけないと」
「ええ。それはいいですわね」
二人は当てのない探索に向かった。

第九章


探索に向かったところ、至る所に、丸にばってんの印がマジックペンでついていた。テミスはそれを見て、その印を避けて通るようにした。直観的にわかったのだ。その印は嘘の道の印だと。同時に丸だけの印も道についていた。この印はきっと正直の道の印だと思った。テミスはなんとなくそう感じ取ることができていた。前だったら、そんなこと思いもしなかったのに。
すると、無事二人に会うことができた。二人はテミスの腕にすがっているヒメを見て、眼を見合わせていた。さらにツネの方は不思議そうにテミスを見ていた。それがなぜなのかは、テミスにはわからなかった。
道をどんどん進んでいくテミス達。テミスは何か違和感がありつつも、マサのマジックペンの作業に連れられて道を歩いて行った。
すると、大きな祠につながっているようだった。テミスには遠くからそれがわかっていた。もちろん猫の目でだ。それと同時に、そこに大きな大蛇が待ち構えているのも見た!
「みんな、ちょっと待って」
「どうしたの?テミス」
皆を驚かすわけにはいかないし、信じてもらえるかも疑わしい。
「こっちじゃないような気がする。引き返そう」
「そんなわけにいかないよ。道は確かめておかないと、ペン作業ができないだろう?」
「テミスさんが危ないっておっしゃっているのよ。何かあるんじゃありませんこと?」
「ツネ」
テミスはツネの顔を見た。
「……手前の印まで戻って、ここの印はばってんを付けない。それでどうか」
「……わかった。その通りだね」
マサは了解した。
長い長い洞窟だ。気がおかしくなりそうになる。
「きっとみんな、心配しているだろうな」
マサが心細くなる。
「お母さま……」
「お父さん……」
ヒメとツネも心配そうだ。
「怒るだろうな……」
「大丈夫!早く帰って、楽しいピクニックだったって言いましょう」
「嘘つくの?」
「じゃあ、嘘にならないように、ピクニックの歌うたいましょ?」
そう言うと、ツネは歌いだした。
「ピクニックピクニックヤッホーヤッホー!」
すると、ヒメはくすくす笑い出した。緊張の糸がほつれたようだった。それを見て、マサもほっとする。
テミスは思った。なんだ、嘘をつくのだって、気を付ければ何でもないんだ。テミスは自分が大人の「正しい」階段を上った気がした。嘘なのに、正しい階段だった。
しかしその瞬間、足に激痛が走る。
「っつ!」
その場に転んだテミスは、足を押さえて痛みをこらえた。もう激痛ではなかったものの、足の痛みはごまかせないほどに確実なものだった。
「テミスさん!」
「大丈夫か?」
「足が……」
短パンをめくると、太ももに蛇の刻印のようなものがあった。そこから血管が走っているのがはっきりと見える。
「病気か何かなのか?」
「テミス、何かあったのか?」
テミスは安心させようと、また嘘をついた。
「大丈夫。大したことないわ」
そう言うと、また激痛が走る。浮き出た血管が勢力範囲を広げた。
嘘の毒が、回っているんだ。
テミスの顔がゆがむ。ただゆがむのではなく、笑顔になった。テミスは釣り糸で口角を引っ張られたかのような不自然な笑顔を見せた。ちっとも楽しいことなんてないのに。わたし、 どうしちゃったんだろう。テミスは心配になる。
「大丈夫よ。大丈夫……」
テミスは笑顔でそう言った。虚空の笑顔で。
「テミス、話してよ」
マサがそういう。
「この洞窟に来てから何かあったんでしょう?言わなきゃわからないよ。助けられない」
「マサ君……」
「皆わかってるよ。嘘をつき続けたら、嘘つきになっちゃうんだ」
「わたし、嘘つきになっちゃう。助からないのかも……」
「そんなことない。なるべく気を付ければいい。それに、みんな、大事な時には、テミスさんのことわかることできるよ。可愛い嘘ついてるって」
すこしみんな、テミスも含めて、笑顔になった。
テミスは集中した。嘘をついてしまう毒はどうにもならないかもしれない。でも、私は、できるだけ、みんなと同じでいたい。友達でいたい。だから、気を付ける。
毒の影響が和らいでいく。血管が見えなくなってくると、蛇の刻印だけが残った。
よかった。
「大丈夫。テミス。大丈夫だよ」
ツネも、かわいい嘘で、元気づけてくれる。
「ありがとう、ツネ」
しばらく歩いたが、マジックペンでつけたマークがそこら中になって、残るは、さっきばってんを付けなかった箇所だけになった。
「そんな……ここは危険なの。さっき私見たのよ。大蛇がこっちをおいしそうな目で見ているのを」
テミスは気を付けて、嘘をつかずに正直に話した。
「何も見えなかったけど……」
「この蛇のマークがついてから、妙な力がついたの。嘘をつけるようになったり、力が強くなったり、目や耳がすごくなったり」
「千里眼がついたってこと?」
「その、せんなんとかってやつだと思う」
「ふむ……」
「どうしますの?信じますの?」
「とりあえず、仮にテミスさんの言うことが正しいとしたら、その大蛇に会わないと出口にはたどり着かないことになる」
「どうしますの?」
「大蛇は危険だと思う。丸のみしたら一発だし」
マサは考えながらそう言った。
「でも、会うしかない」
「そうだね、ツネ。そうかもしれない。とりあえず、テミス、君の蛇のマークはあの大蛇と関係があるか、知っている?」
「そういえば、どっちも蛇ですわね」
「そういえば、小蛇にかまれたとき、ここから出る力を貸して、とか、何とか言っていたような」
テミスは思い返してそう言った。マサが思考を続ける。
「仮にどちらも蛇なんだから、家族か何かだったと仮定してみよう」
「うん」
テミスが返事する。
「そうなると、大蛇に子蛇のことを引き合いに出せば、少なくとも友好的に接する可能性があるんじゃないか?」
なるほどとみんな思った。ツネが続けて発言した。
「でも、本当にそうなのか?」
「うーん……」
「そういえば、子蛇がおじいちゃんの外に出たいって言っていたような……」
テミスはもう一度よく思い出してみようとしていた。
「おじいちゃんか……ほぼ間違いないな」
「でも、本当に行きますの?怖いですわよ」
「きっと、大丈夫」
「ツネ、私もそう思いたいですけど……」
「何か気づかない?」
「何に?」
「その大蛇も、同じ目を持っていると思う」
「?ああ、テミスとか」
「だとしたら、テミスが気付いた時に、向こうも気づいている」
ツネがそう言う。
「あれ?」
「どうしましたの?」
「なら、追ってくるはずだ」
「たしかに」
そこまで話すと、テミスは頭がさえわたった。大蛇の大きさをもう一度よく思い出してみる。すると、穴の大きさとの差異に気付いた。
「そういえば、あの蛇、洞窟の穴が小さいほどに大きかった」
「なるほど。その部屋から出られないんだ」
「なら、距離を取れば話せるってことか」
「みんなで大蛇に会いに行っても、とりあえず大丈夫そうだ」
テミスは、その時何かに気付いた。自分の家族のことを思い出していた。

第十章


四人は大蛇に会いに行った。
「儂のお父様の体に勝手に入ったのはお前らか」
静かな威圧を、みんなが感じた。
「すみません」
テミスが答える。ほかの三人は恐怖でその場から逃げ出したそうだった。今は私が、一番頼れるんだから、しっかりしなきゃ。そうテミスは思っていた。
「落書きなんぞしおって。許されると思っているのか!」
「ごめんなさい」
仕方なかったんですの、そう言おうとしたヒメを、マサが口をふさぐ。こういう時、言い訳をしてはいけない。
「許さん。お前らには聞きたいことがあるからだ」
そう言うと、発声練習を始める大蛇。
「テミス。お父さんだよ」
この魔法には直接抵抗できない、そう瞬時に痛感する。テミスは魔法にとらわれた。
「テミス。なぜ人の通う道から逸れて、こんなところに来た?」
「この中に悪いことを企んでいた人がいないかい?こちらに渡して?」
「助けて……」
半べそをかくヒメ。
「ごめんなさいお父さん。一つ曲がり角を間違えて来てしまったわ」
「嘘をついちゃだめだよ。本当かい?」
「道を間違えたわお父さん。本当よ」
「子蛇を見なかったかい?」
「見たわ」
「どこへ行った?」
「どこへともなく。私は気を失ったから、それ以来見ていないわ」
「助けて……」
半べそが二回で全べそなのだろうか。ヒメは涙をこらえて泣いていた。
それを見て、大蛇は気を取り直す。
「ガキを泣かせる趣味があるわけではない。早々に立ち去れ」
「はい。ありがとうございます」
「さっさといけ」
隣に出口が出た。さっさと退散する四人。

第十一章


退散すると、元の洞窟の入り口に戻っていた。
「はああ……」
「よかった……」
「助かりましたわ……」
「何とかなった……」
そう四人がつぶやくと、蛇の刻印はうごめき始めて……。
つるんとテミスの足から飛び出ると、ぺこりと彼らに頭を下げた。
「あらら」
「ありがとうございました。おかげで父の束縛から逃げ出すことができました」
刻印だった白い子蛇はお礼を言った。
「やっぱりね。何かおかしいと思ったのよ」
テミスはふうとため息をつきながらそう言った。
「毒でテミスさんを眠らせて、その間に絵になってテミスさんの足にご厄介に」
「気づいちゃったおかげで大蛇の前で緊張したんだからね」
テミスは子蛇のことに気付いていたようだ。
「ありがとうございます」
すると関心をもってヒメがまじまじと子蛇を見た。
「ねえ、その白蛇は可愛いですわね。テミスさんのペット?」
「さっきの大蛇の子供よ」
「え!」
「君が力を与えていたの?」
マサが質問する。
「そうです。もうテミスさんには前の怖い力は残っていません」
「怪力も、嘘つきももうなしね」
テミスが言う。
「嘘つき?」
白蛇が首を、あるのなら、傾げた。
「え?」
「……まあ、嘘はつかないだろう。悪いことだって知っているんだから」
マサがそうフォローした。
「とにかく、みんな無事に出られてよかった」
ツネがとてもうれしそうだった。
「白蛇さんは、これからどうするの?」
ヒメがそう聞く。
「さあ、どこかよりどころがあるわけでもないんですよね」
「この近くは自然だらけで、生きていくのは大変じゃない?」
マサがそう聞いた。
「そんなこともないですよ。我々は強いですし」
「我々?」
「ああ、私の子供が沢山いまして」
そう言うと、白蛇はたくさんの子供を吐き出した。どうやら孫蛇がいたらしい。
「きゃああ!」
「落ち着いて、ヒメ!」
マサが鎮めようとする。
「可愛い蛇さんが沢山!」
「そっちなんだ……」
テミスは呆れた。
「てっきり気絶でもするのかと」
マサがそう言った。
「もうだめ、気絶しそう。嬉しすぎて」
「なんなのやら」
ツネが肩の力を抜きながらそう言った。
「でも、食料に困らない生活の方が、いいことはいいのですが……」
ちらりとヒメの方を見る。
「いいですわよ、わたくしの家で飼ってあげましょう」
ヒメは快く引き受けた。
「いいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。テミスさんも」
そう言いながら、白蛇はテミスの方を向いた。
「もう無茶しないでよね」
「はい。テミスさんも、これからは力を抜いて生きてください」
「力を抜く……」
「はい。ヒメさんに、綺麗だって言われたでしょ?」
そう言うと、白蛇はテミスにウインクした。
「……うん。わかった。やってみる」
「気を楽にするんですよ?」
「わかってる」
「それはよかった」
それから、キャンプに戻った四人と一匹(残りは口の中に戻っていった)は、心配いっぱいの保護者に迎えられた。
いの一番に謝ったのはテミスだった。
「本当に、ごめんなさい!」
テミスは謝った時涙が出た。悲しいからではなかった。
テミスは、自分の正直さの価値を心底分かった。大蛇が嘘を見定めようとしていた時、とても怖かったからだ。
「よく正直に謝ってくれたね」
そう言うと、テミスの父は、しゃがんでテミスを見上げるように語った。
「テミス。僕はね、嘘をつく人が悪い人を呼び寄せるところを見たことがあるんだ。そうしたら、また今日みたいに、必死で帰らなきゃいけないことになるかもしれない。帰るところがあってよかったね。テミス。正直なのは善いことだからじゃないよ。幸せなことだからするんだよ。お帰り、テミス」
「本当にごめん……ごめんなさい……」
そして、ありがとうと、本当は言いたかった。

第十二章


それからだいぶ時が経っていった。
四人はすっかり足並みをそろえて、同じ学校の同級生として生きた。
マサは最初冴えなかったけれど、軒並み学力を蓄えて、生徒会役員にまでなった。今ではすっかり人を従える力を持った秀才だ。人の苦労を自分から背負っても、彼にとっては大した労力にはならない存在になっていた。
ツネはあれから熱を出して、そうすると、普通の人間になった。と思ったら、よくわからないが、みんなの人望を集める人に様変わりした。みんなのムードメーカーに今は落ち着いている。
ヒメは相変わらずだが、白蛇のこともあって、動物好きになったようだ。すると人の世話もするようになって、優しくて金持ちのお嬢様として今は名を馳せている。
テミスは、怒りんぼの性格を一生懸命直し、ミステリアスな風貌を醸して、一定のファンを取り付けていた。必要以上に誠実な性格から、外見の魅力だけではなく、見えない魅力も兼ね備えていると評判である。
四人はあの時のことを今も覚えている。自分たちが変わったときは、あの時に間違いない。このことは四人の時はいつも語っている。

おわり

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