無題

バイタルの悪化を示すアラームが鳴り響く。これはほかの誰のでもない、僕のアラームである。僕は持病が悪化して今この病院に入院している。朦朧とした意識の中、僕の頭の中で文章が組み上がっていく。文字を書ける状態でも言葉を話せる状態でもなく、文章を作ったところでどうもできないのに自然と文章ができていく。もう全てが僕の手に負えない状態になっている。

そんなある日、僕の隣の空きベッドに誰かが来た気配がした。目を開けることの出来ない僕には、どんな人なのかわからないが、明らかに僕より病状は軽そうだし、すぐにいなくなるだろうと思った。

その人は、入りたての頃から、かなりの頻度で僕に話しかけてくる。「ねぇねぇ、お隣さん。僕、□□って言うんだ!宜しくね!」から始まった彼のモノローグはリアクションできない僕を置き去りにして、僕の脳内の文章構築をかき乱しながら、どんどん進んでいく。

彼についての話をまとめると、彼は僕より1つ歳上で腎臓の病気で入院しているという。母子家庭で妹がいて、母親は仕事と妹しか考えていないらしい。

僕の両親も全然来てくれないから寂しさはよくわかる。しかし、リアクションのない僕に話しかけたところで寂しさは紛れるのだろうか。「反応無いのに喋って空しくないかって思うでしょ?」彼の声が僕の考えてた事にリンクするかのように聞こえて来た。「僕の家ではね、僕が何か言う度に親に僕の事、僕の言った事を全否定されるから…何も反応無い方がいいの…。学校行っても友達もういないし…」なるほど、何も言わずに聞いてくれる人がいてくれるだけで充分なのか…と思った。それからも彼のモノローグは私の考えることとリンクするように続いた。

何ヶ月かして僕は目を開く事ができるようになった。「あっ目が開いたんだね」彼の声が聞こえる。視界に入った彼はもう病人ではなかった。彼はどうやら退院するみたいだ。まだ僕は言葉を発せる状態ではないから伝えられないが、おめでとうと言いたい。これは、ようやく静かな生活が戻ってくる喜びによるものではなく、心からの言葉であった。

目が開くようになったのに、これからは1人かと思って少し落ち込んでいたら、しばらくして辺りが騒がしくなった。本来ならこんな騒がしい中で眠れないとは思うが、久しぶりに視力を使ったのがよっぽど疲れたのかすぐに眠りに落ちた。

翌朝、目覚めると彼が意識のない状態で戻って来ていた。僕が漏れ聞いた話によると彼の退院の時、病院に車が突っ込んだらしい。もうモノローグは、そこには無い。僕は寂しさを感じた。

更に数ヶ月経った。僕は手足を少し動かせるようになった。しかし彼はまだ目覚めない。それから、僕は懸命にリハビリをこなし退院する事となった。

僕が病院を出て行こうとした時、受付の人に呼び止められた。「これ、忘れ物」、そう言って手渡されたのは、僕の名前が書かれた、しかし見覚えのないメモ帳であった。

僕は恐る恐るその1ページ目を開いてみた。「睡眠移植」という訳の分からぬ文字列だけ並んでいた。あまりによく分からないので次のページを開いた。どうやら小説になっているようだ。


眠い目をこすりながら新聞受けに溜まったチラシを処分していると、1枚のチラシが目に止まった。「献眠」、そのチラシにはこう書かれていた。「あなたの眠気や睡眠時間を眠りたくても眠れない人、睡眠時間を確保出来ない人に売りませんか?」最近とても眠い私は迷うこと無く睡眠移植に応募した。後日、ハンコを持って本社にくるように言われ、行ってみると同意書を書くらしい。
〜〜〜
同意書
私は以下の注意書きを読み、献眠に参加します。
同意者氏名:_____________ 印
注)
※₁献眠量は月に眠気0.1mol以上もしくは睡眠時間100時間を超えると健康に害を及ぼす可能性があります。
※₂ドナーは献眠のレシピエントを選択できません
(中略)
※₁₃献眠で亡くなった場合、調査の為、弊社が遺体を回収致します
〜〜〜
眠気を売れるなんていいじゃないかと思い、僕は注を読まずして同意した。そして一儲けしようと10molの眠気と1000時間の睡眠時間を売った。札が空っぽの財布に入ってきて嬉しかった。そして今まで感じていた眠気は微塵も感じない。こんなに最高な事あるだろうか。それからというもの僕は一睡もせず、自分のやりたいことを存分にやった。
しかし、思っていたよりもはやくに限界は来てしまった。僕は過労で倒れてしまったのだ。しかも睡眠時間まで売ってしまっていた為、治る事も難しくとうとう僕は人生を畳むこととなってしまった。僕の両親は、僕の遺体を引き取るつもりでいたようだが、献眠会社との契約により僕の遺体は献眠会社で調査されるらしい。どうやらこれは契約らしく、僕が読み飛ばした同意書の注にでも書いてあったのだろう。
献眠会社に届いた遺体は、かなり細かい所まで調査するのでバラバラになるという噂を聞いたことがある。まぁ、もう死んでるしいいんだけどさ。
後日…
「献眠の○○株式会社の□□です。あなたの息子さんのご遺体をお届けに来ました。確認しますか?」
「………」
「普通は細かく調査するのですが、実はあなたの息子さんには傷1つつけておりません。」
「え…どうしてです?」
「彼とはかつて同病室でして…片方が話せる状態の時にもう一方が話せなくて…話したことはないのですが…」
「同病室なだけで何故…?」
「彼に救われたからです…彼は僕の唯一の話し相手でした…」

僕のこと勝手に殺しやがって、と思い僕は読むのをやめた。続きもいろいろ書いてあるようだったが、もう読む気はない。私はメモ帳を閉じた。そろそろ降りるバス停かな…と思い外を見るとそこには知らない景色が広がっていた。「次は〜△△〜△△〜」たしかに僕の家の最寄りのバス停であるが、この景色に見覚えはない。バスを降り、記憶を頼りに自宅を探すもそこに自宅はなかった。病院からも出、小説でも殺され、自宅もない。僕は居場所を失った。親がいる小説内の「僕」さえも羨ましく感じた。きっと今の僕は死んで黄泉に行っても居場所なんて無いだろう。僕は□□のいる病室に戻ることにした。

ここで僕の頭の中の文章は終わっている。

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