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にがうりの人 #13 (白い波紋)

 しばらく時間を潰してから帰宅すると、玄関の前に成美が立っていた。私の顔を見ると手にしていた買い物袋を掲げて笑った。
「ご飯食べてないでしょ?」

 成美は台所に入ると慣れた手つきで夕食の支度を始めた。
「成美、ちょっと話したいことがあるんだ」
 冷蔵庫を覗いている成美は不思議そうな顔をして振り返った。私はベッドの上に胡坐をかいて彼女の手が空くのを待った。
「何?」
 エプロンで手を拭きつつ彼女は怪訝に私を見た。妙な間が生まれた。そしてその空気はやがて不穏に変わっていく。いつもであれば彼女が口早にその空気を打破しうやむやにする。そこに彼女の触れられたくない禁忌を垣間見た気もし躊躇いを感じていたが、私は覚悟を決め切り出した。
「なにか隠していることがあるのか?」
 あえて厳しい口調と表情を作った。成美の眼差しは先ほどまでの明るさは無く、炯炯としている。緊張感に押しつぶされそうになりながら、私も彼女への視線をはずさなかった。
「急に何よ。そんなものあるわけ無いじゃない」
 口調は軽いがその奥には闇が見える。私は確信した。彼女は何かを隠している。
「肝心なことはいつもはぐらかすじゃないか。俺は成美の事を知りたいだけなんだ」
 私は素直に打ち明けた。と同時に今まで私達はそれぞれの核心についてまるで触れていないことに気づき、愕然とした。気遣いというか遠慮というか自信の無さというか、結局私は深入りしないことを前提としていたのではないのか。
 それ以上は何も言わなかった。不用意に言葉を投げて必要以上に傷つけることも違う気がしたからである。成美は私の切迫した様子にようやく観念したのか、隣に腰掛けた。
「君に言うべきことではないのだけれど」成美は消え入りそうな声でそう呟いた。

 先ほどまでの暖かな太陽が嘘のように雨の音が聞こえてきた。それでも沈黙を一蹴するような効果はなく、余計に焦燥感だけを駆り立てられる。成美は目を伏せ、私はその様子をただ眺めていた。
「俺にはどうにもならない事なのかな」
 それ以上でも、それ以下もない、精一杯の声を絞り出した。これはただの自己満足なのだろうか。多少の後悔が混じったため息を吐くと同時に成美が口を開いた。
「千葉の病院から、連絡があったの」
 成美が投げた言葉の塊をすぐには理解できなかった。それを察したのか彼女はそれまでの正座を崩し、力なく笑った。
「一ヶ月前、突然ね。千葉なんか行った事ないし、知り合いもいないからなんだろうと思ったんだけれど」
 私の心臓が早鐘を打っている。全てを聞いてしまっていいのだろうか。
「母さんが見つかったの」
そう言うと成美は目を伏せた。

続く

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