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にがうりの人 #19 (狂おしいほどの)

 パスタを平らげ、コーヒーを飲み終えた私達は会計をする為に席を立つ。財布を開いている私を彼女は制止した。
「ここは私がご馳走しますから」
 のんびりとした口調で成美は言った。私は一度断ったが、いつまでも問答するのもどうかと思い彼女の言葉に甘える事にした。彼女に「ありがとう」と軽く手を挙げて一足先に店を出る。
 通りを何気なく見渡し、私は深く息を吸い込んだ。この後どこへ行こうかと思索を巡らせていると、彼女がなかなか店内から出てこない事に気づく。私は不思議に思いもう一度店内に入ると、彼女は顔を赤くして私の元へ近づいてきた。レジ前の店員が手持ち無沙汰に困る顔が見えた。
「どうしたの?」
 状況が飲み込めず、私は彼女に聞いた。耳まで真っ赤に染めた彼女は小さい肩をさらに小さくして私に懇願するように手を合わす。
「ごめん。ちょっと持ち合わせが足りなくって、貸してもらえるかな」
か細い声で成美は言った。私はようやく理解し、顔の前で右手を振った。
「全然気にしないでいいよ。じゃあここは僕がご馳走しますよお」
彼女に気まずい思いをさせまいと榊のようにおどけて見せたが、うまくいかない。彼女は余計に顔を赤くした。

 妙な空気のまま街を歩いた。私は少しも気にかけていなかったが、女性としたらそれは非常に決まりの悪い事だったのかもしれない。私は自他ともに認める口下手であったから、何か口にしようものなら裏目に出てしまうのではないかと、あえて黙っていた。
 だが、結果としてこの出来事は彼女の現況を知りうるきっかけとなった。しばらくして彼女が顔色を取り戻し口にした事はあまりに現実的すぎて、あり得なくない事は分かっていたにもかかわらず、私をたじろかせた。

「お母さんの入院費がかさんじゃってさ」
 そうして今度は顔色を白くした。経済的な事情は同い年の連中とは違い私達のような境遇の者にとってはゆるがせにできない問題であるとともに、ややもすれば死活問題にすらなる。生活の中で一義的に考えなければならない問題であり、それが大半を占めると言っても過言ではないのだ。つまり成美の告白は彼女の危機的状況そのものであった。
「シフト増やしたんだけど、追っつかなくて」
 追っつかないものが何を意味するのか。金銭的なことなのか、それとも彼女自身の精神的なことなのか判然としなかったがともかく彼女がこのままだと学費すら滞納し、辞めかねない状況に置かれる事は私にも分かった。
「でも大丈夫。なんとかしなくっちゃ」
 まるで自分を鼓舞するように成美は言った。強がりである事は明らかだったが、私には言葉が見つからない。私が何か言葉をかけてやる事で打破出来るとも思えない。そうやって気休めでどうにもならないのが金銭である事は身をもって知っていたからである。だから解決策は一つしか無い。金が必要なのだ。

続く

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