見出し画像

にがうりの人 #12 (手の上の悋気)

「お前のその疑心暗鬼はすれ違いの原因になる。実際お前だって俺なんかに相談するって事は彼女になんらかの疑いを持ち始めているって事だろう?」

 私が小さく肯くと榊は微笑んだ。
「恋人同士なら素直な気持ちをぶつけ合えばいいんだよ。案外それで解決したりするもんなんだから。別にかっこ悪いことじゃないと思うぜ、俺は」榊はまるで台詞を諳んじるようだった。

「そう言われるとそうなんですけど」
 私はまだ煮え切らなかった。気持ちをぶつける事が可能であれば、とっくにしていたはずだ。
「お前の気持ちも分かる。でもな、こういった事はきっかけが無いといつまでも平行線なんだよ。せっかく俺に相談したならこれをきっかけにもう一歩踏み込んでみたらいいじゃないか」榊は柔らかく言い「まあ、それでふられても俺は責任持てないけどな。にひひ」と最後にいたずらな笑顔を付け加えた。
 相変わらず楽観的な榊に私は思わずふきだす。私の心に風が吹き、落ち着いていく。
 確かにそのとおりかもしれない。一歩踏み出せば、このくだらない不安感から逃れられるのではないか。榊の言っていることはもっともらしく聞こえ、私は密かに決心していた。榊は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、アイスティーの氷をがりがりとかみ始めた。
「とにかくさ、早いとこ解決したほうがいい」
 そう言うと榊はもうこの話はお終いというようにポケットから携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。
「なんだか説得力ないなあ。ちゃんと真剣に聞いてくれました?」今度は私が苦笑した。
「俺だって彼女といろいろあるんだからな」
そう言って目も合わせず真剣にメールを打っている榊を見ると一喜一憂していた自分と重なり、なぜだか親近感を覚えた。
「榊さんのところはうまくいってそうでいいですね」
「大丈夫だよ。俺もお前も全部うまくいくよ」榊は携帯電話から顔を上げ、微笑んだ。それから世間話を少しした後、私達は店を後にした。

 思い立ったが吉日、私は榊と店の前で分かれた後すぐに成美を呼び出した。急な予定が入り遅くなるとの事だったが、そもそも急に呼び出したのは私の方であるから「いつでもいいから来てほしい」とだけ伝えた。
 私は私鉄の線路沿いを時折轟音に混じりながら家路に着いた。数時間前に比べたら気持ちは大分晴れやかになっている。
 背中に夕日を浴びながらその暖かさに振り向くと眩しすぎて、また前を向いて歩き出すと自分だけが影になったような気がして少し切なくなった。
 自分の中にある何かもやもやした不安感やストレスを他人に吐き出すだけで楽になるとは思いもよらなかった。生きていく上でそんな根本的な術を知らずにいた自分が少し照れくさい。                      
兎にも角にもその時の私に迷いは無かった。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?