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にがうりの人 #17 (渇愛の行方)

 その日以来、成美は休みの日になると母親の元へ通うようになった。私もついていこうと提案するが彼女は断った。どうやら、母親の娘に対する対応を見られたくないらしい。
 おそらく娘に対する対応など、ない。母親からしてみれば、見知らぬ他人が頻繁に見舞いにくるくらいにしか思っていないのかもしれない。それが成美にとっては辛いはずだった。それでも彼女はたった一人の肉親である母親を求めて懸命に千葉まで足繁く通っていた。
 私には何が出来るのか。暇さえあればそんな事ばかり考えていたが、結局始めから何も出来ていない気もする。私は自分の非力さに嫌気がさしていた。
 成美の生き方に私は感銘を受けていた。私であれば堪え難い状況である。健気などという客観的かつ無責任な言葉で片付ける事など私には出来ない。
 彼女と一生を共にしたい、支えたい。
 青臭いという事は若いながらも感じていた。しかしそれが私にとっての進むべき道であり、やるべき事であり、生き甲斐になりつつあったのも事実である。

 そう言う意味では何も出来ない日々が続いた。当然と言えば当然で、若い私に方法などある訳が無かった。心の支えになるというひどく曖昧な目的に私自身が逆に支えられているのではないかと訳の分からない思いにとらわれたりする。私は悶々とした気持ちを胸に日々を過ごしていた。
 成美は私の前で辛い顔を見せる事は無かった。それがまた私の胸を締め付け、どうしようもない。
 私は榊を頼る事にした。それが解決策でなくても良い。何かのきっかけになればと思っていた。

✴︎

 喫茶アラタの店内を覗くと、まるで時が止まっているかのように錯覚する。外の冷たい空気が沈黙したように店内はまるで春のような暖かさだった。奥の席で榊が新聞を広げてなにやらマスターと話をしていた。入店した私に気づくと軽く手を上げて白い歯を見せた。私は彼の向かいに座る。
「今日は何だ?」
 私はホットコーヒーを注文し、ふうっと息を吐いた。
「また景気の悪い顔してるなあ。どうせ、成美ちゃんの事だろう?」
 相変わらず軽口を叩く榊はそれでも私の様子に気づいたようで、すぐにその表情を変えた。
「どうした?」
 私はコーヒーを運んできたマスターがその場を離れるのを待つと、小さな声で彼女との事を話した。榊はその持ち味である明るさを潜めて、神妙な面持ちで私の話を聞いている。
 夢中で話しているうちに私はいつの間にか頬を濡らしていた。彼女の事を語るうちに自分と重ね合わせていたのかもしれない。だが、それは私の勝手な自己満足であるし、なにより傲慢であると思い乱暴に涙を拭った。

続く

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