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ロッシュ限界

「なかなかうまくいかないな。」
エヌ氏はコンピュータの画面に向かってつぶやいた。ここは、火星の衛星を制御する研究所。地球環境が悪化し、いずれどこかに移住しなければならなくなった近未来に備えて、火星の環境を調査している。火星には衛星があるが、それが何千年何万年かすると火星に近づきすぎて崩壊してしまう。火星は衛星があるおかげでほどよい自転、公転をしているが、衛星がなくなってしまうと、自転が速くなりすぎて地表ではものすごい風速の風が発生し、とても移住できる状況でなくなる。そこで、今のうちから衛星をコントロールして、火星から少しずつ遠ざけることができないか研究中なのだ。
小さな衛星といっても、質量がかなりあるので、通常の方法では、制御できない。最先端の科学の成果である、亜空間発生装置によって、火星と反対側の面に対して空間消去操作を行い、そちら側に引き寄せることにより、遠ざける案が有力だ。どれぐらいの距離をどれぐらいの速さで遠ざければよいか、非常に精密な計算が必要となってくる。ちょっとでも狂えば、逆に火星から遠ざかり過ぎてしまい、永遠の彼方に飛んでいってしまう。かといって、小さすぎれば効果なく、いずれバラバラになってしまう運命だ。

いざ、地球に目を向けてみる。月はほぼ地球の誕生とともに地球を回っている。しかも安定して。どうやって月が地球に捕らわれたのかも不思議だが、ずっと安定していられるように”何もの”かが存在しているとすれば、ものすごい精度で制御していることになる。ちょっとでもズレればどこかへ飛んでいってしまうか、ロッシュ限界を越えてバラバラになってしまったに違いない。月と地球だけでもこれだけの宇宙の神秘を覗くことができる。広大な宇宙にはどれだけの神秘がいまだにその姿を隠したままなのだろう。

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