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【小説】明け方の若者たち

この作品に出逢ったのは、映画「明け方の若者たち」(松本花奈監督、2021年)を観て、際限なく繰り返す衝動を映画鑑賞だけで抑え切ることが出来なかったからだ。

ちなみに映画は2回見たし、アナザーストーリー「ある夜、彼女は明け方を想う」も2回見た。
なんなら聖地巡礼もした。その度、映像化された景色が視覚を通じで目の前に存在することで、より"エモく"なってしまってもいた。

小説の良さを堪能する

けれども、小説を読了した時、なぜこの作品にここまで執着していたのか。いや、もはや嫉妬していたのかもしれないけど、自分の中で絡まっていた糸がスルリと解けた音が聞こえたのだった。

私は映画が大好きで、年に一度「今年愛した映画」なるものを勝手に選出していたりもするのだが、この作品は年明け早々に、ランクインしそうな勢いとオーラを帯びていた。

なのに、今回は小説版を取り上げたくなったのも、映画では語られていない詳細な描写にみぞおちを突き上げられる感覚を持ったからである。

生憎「僕」側に立っている私は、「僕」同様に「彼女」にとても心を突き動かされていて、その度「僕」の心理描写が手に取るように伝わってくる感覚を抱きまくった。

彼女は僕の聞きたい言葉をまたも言ってくれなかった。
「私も」ではなく「ありがとう」だった。

感謝の言葉は嬉しいはずなのに、こうも残酷な意味にすり替わるものなのか。
そういえば、私も言ったことがある。
「俺もだよ」
本当はそう伝えたいのに、伝えてはいけない理由がある時には「うん」とか笑って誤魔化したりした。
そうしながら自分も相手と同様に傷ついた。

「僕」はとうてい「彼女」が頭から離れないわけだけど、その気持ちも分かるし、それで良い気もする。
むしろ頭から離れ始める頃が、読んでいてとても悲しく思えた。

親友という存在

この作品で「僕」を成長させるもう一つの要因が、親友の尚人だった。
小説の方がお茶目に思えるのだけど、そのくらいのマイルドさがないと、この作品は単なる恋愛作品に成り下がってしまうとと思う。

「持つべきものは友だ」
そんな言葉を脳裏をよぎるけれど、尚人はその言葉を越えてくる重要な存在だ。
「僕」が何かモヤモヤしたときに、いつも尚人がいた。
ありもしない企画を考えたり、決まって高円寺の「大将」で呑んだり。

私にも生活圏にそういう人がいたらいいな、きっと楽しいんだろうな
と思わせてくれそうな人だった。
(こう書いている瞬間から高円寺で飲みたくなるのは、もはや作品に毒され、作品という沼にハマった証拠だ。そうでなくても高円寺で飲むことは好きなのだが)

登場人物がさほど多くない中で、しっかりと名前を持って登場する彼は、「僕」と同じくらい応援したくなる存在である。

若さという魔法

この作品で大切にしたい視点、「若者たち」。
細かく言えば、"若さを理由にして生きられる日々"というか。

あの時はよかったよなぁ

歳を取れば取るほど、ため息混じりでこの言葉を口にしてしまうけれど、それは後悔とか、今が最悪とかでもなく、肯定したいほどの価値を持つ「あの頃」を捨てたくないという意志だったり、限りなく「あの頃」があって今があるという再認識的なことなんだよなと作品を読んで想う。

無駄に思えるような日々を過ごしていた「あの頃」
それがとても愛おしく思える。そう思わせてくれる。
この作品によって「あの頃」が肯定されたのだ。

あの時こそが人生のマジックアワーだったんだよ

こんなはずじゃなかったと憂いても
あの頃はよかったと吐露しても
決してあの頃に戻れるわけではないのだけれど
決してあの頃を取り戻せるわけではないのだけれど

私が過ごしたあの頃もマジックアワーだったのかもしれないと思える。
紛れもなくあのマジックアワーを経験したからこそ、今生きていられていて、こうしてこの作品にも巡り会えたのではないだろうか。

つまりは、今もちょっとしたマジックアワーなのかもしれないなぁ。

明けないでほしい

この作品に触れてから、偶然にも明け方に遭遇する機会があった(夜勤明けというだけだが)。

なんだか妙な気分だった。
遠くの空が少し明るくなり始めていることが、1日の始まりと捉えるのが普通なのだけど
なぜか「1日が無事終わったことの喜び」のような感覚を抱いたのだ。
1日頑張った私たちを讃えて励まそうとしているような。けど、それは夜勤明けだからだと思う。

これが大好きな友達と夜通し遊びまくって、また数時間したら何気ない毎日が始まりを告げることを突きつけられる明け方なら、それは幸せな時間から目覚めさせる地獄のような瞬間と表裏一体であろうな。

でもまたあの「仕事だるいなぁ」とか「学校行きたくねー」とか言いながら、渋々家路へとそれぞれ分かれていく感覚を味わいたいと思ってしまう。

つまりこの作品は後者のようなことだし、それを共に味わう人とその刹那が、良くも悪くも「僕」を苦しめていくのだ。

若さとは一瞬だと身をもって実感しているわけだが
あの馬鹿馬鹿しく不甲斐なくも、かけがえのないステキなマジックアワーを心に留めてたら、将来においても何かしらの糧になるんじゃないかと、今は受け止められる。

「明け方の若者たち」への感謝とリスペクトはいつになっても持ち続けられると自負する。

そういう人生を築きたい

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