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【読書感想】#2「爆弾」(呉勝浩)


はじめに

今回は,2023年「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」で2冠を達成した作品「爆弾」を読んだので,感想を記録したいと思います.
単行本は持ち運びにくいし,お値段もするのでなかなか手を出さないのですが,書店で飾られていた「箱舟」と一緒に衝動買い.
カバーに力が入っているので,本棚も映えて楽しいですね.

あらすじ

微罪で捕まったつかみどころのない男,スズキタゴサク.
取り調べの中,示談で済ませる為に警察の手伝いをすると言い出し,秋葉原で爆発が起きることを予言.
その後,秋葉原で爆発が起きる.
これからあと3度,爆発が起きます.
この男が犯人だと考えるも,決定的な証拠が無い.
爆弾を仕掛けた場所を絶妙に明かさないこの男と警察の心理戦.
正義とは何かを考えさせられる作品.

記録した文章

その瞬間、腹の底に塊が生まれた。黒い靄がかかった塊だった。それが本当にその時生まれたものなのか、ずっとそこにあって、気づかなかっただけなのか、自信はない。
ただ、不思議と軽蔑しなかった。

呉勝浩「爆弾」講談社,2022年,160頁

等々力が刑事になってから尊敬し,コンビを組んできた先輩刑事長谷川.
そんな先輩が,事件現場で自慰をするののが趣味という特殊な性癖を持っている事を知ってしまった時の感情.
それまで抱いていた信頼も,尊敬も,これまでの時間全てを台無しにされたように感じてしまうが,自分自身は「気持ちはわからなくもない」と発言してしまうくらいには軽蔑していなかった.
等々力は.人並みに平和を愛し,悪者を嫌っているのに,大きな事件も望んでいるという矛盾にも気づいていた.

きっと,自分の中にある悪意の様なものに目を背けているのでは無いかと,物語が進むについて考えさせられます.

「だからたまに思います。なあ君たち、ちょっと静かにしてくれないか−−−と」

呉勝浩「爆弾」講談社,2022年,185頁

スズキタゴサクの仕掛けた爆弾が,子供達を狙ったものだと示唆した際のセリフ.

スズキは気色の悪い雑談とヒントを混ぜて会話をするのですが,今話しているのは雑談なのかヒントなのか,悪意の矛先がモヤモヤとした想像の中から,徐々にはっきりとした形を持って襲ってくる感覚は鳥肌ものです.
悪意をばら撒くという目的でなければ,語り部として注意の引き方が天才的です.怖い話とかすれば,犯罪者じゃなくて稲川淳二とかになれたかも.

「これがあなたの、心の形です」

呉勝浩「爆弾」講談社,2022年,234頁

スズキは取調官をする清宮相手に「九つの尻尾」という九つの質問かた相手の心の形を当てるゲームを行う.
命は平等と語った清宮は,子供の命かホームレスの命かの選択で,無意識に子供を選び,大勢のホームレスを死なせてしまい,スズキに放たれた言葉.

爆発後,清宮の罪悪感は薄く,そんな自分を醜悪だと感じていますが,皆さんはどう思うでしょうか.
被害者が子供じゃなくてよかった.と安心しますか?
「被害者が、タダ飯を食らうような連中で、よかったですね」と言われてどう思いますか?

「もはやそれは愛です。打算も利用もかき消された、安定や現状維持をぶっ壊す、愛です」お好きでしょ?ほんとはみなさんも、そういうの。

呉勝浩「爆弾」講談社,2022年,315頁

スズキの爆弾の餌食になった相棒を思い,新米警察官の倖田がスズキを殺そうとした際,スズキが放った言葉.

愛する人のために復讐をするのが本当に愛しているということだ.とスズキが発言する場面があるのですが,それがどういう意図の発言だったのかはっきりとわかった瞬間でした.
誰の心にもある小さな黒い塊を,自分の悪意で呼び起こそうとするような発言です.相手が警察官なのでもちろん反論するのですが,一般人が相手だとスズキに同調してしまう人がいそうです.
等々力なんて,終盤は半分以上スズキの悪意に染まっているように感じますしね.

人といふ人のこころに
一人づつ囚人がゐて
うめくかなしさ

呉勝浩「爆弾」講談社,2022年,370頁

石川啄木の「一握りの砂」に収められている詩.

誰しも心の中に囚人がいて,露わになっていないだけでそこら中で呻いているという意味だと解釈しています.
多くの人が,不意に表に出てきそうになる悪意の塊を抑えて,自分は正しい普通だと思って生きている.
そう考えると,人間の本性ってどこにあってなんなんだろうと思ってしまいます.

感想

正義って一体なんだろう.
警察の話なので正義感の強い人が多く,それゆえに犯人に翻弄されてしまう.
スズキの発言は,作品の中の警察官だけでなく,読者の私たちにも悪意を伝搬させようとしているように感じてしまい,作者は一体何を考えて書いているんだとも思いました.
とにかく,正義感の強い人ほどイライラが止まらなくて,警察官と同じ感情で物語を読み進められる作品だと思いました.
かくいう私は,自分の心の形を感じて自問自答することになるのですが...

それと,作中で警察側が「命は平等だ」と言っている場面がありますが,そんなのはきっと綺麗事で,みんな優先順位があるんじゃ無いかなと思いました.
スズキも言っていますが,どちらかしか助けられないならきっと,知り合いや自分のコミュニティに近い存在を助けちゃうんだと思います.ダメですかね?

それと最後の一文,最後の爆弾は見つかっていない.
仕掛けられた爆弾のことなのか,黒い塊が爆弾に変わってしまった人のことなのか.
どちらにしても恐ろしい終わり方です.




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