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PAリレー対談~ルール形成の現場から(4)日本のビジネスと人権、どう取り組む?【前編】佐藤暁子さん(弁護士)

環境、人権、ジェンダーなど取り組むべき社会課題が山積する中で、ポリシーセクターやソーシャルセクターといった非市場領域と連携し、社会課題解決力を内包したビジネスモデルへの変革を提唱するソリューション「ルール形成」が今、注目されています。

私たちオズマピーアールでも、パブリックアフェアーズ(PA)を担当する専門チームを立ち上げ、PAとPRを掛け合わせた「ルール形成コミュニケーショ(https://ozma.co.jp/publicaffairs/)の提供を開始しています。

経営におけるルール形成の必要性をより多くの方にお伝えしようと、弊社PAチームのメンバーがホストとなり、ルール形成の最前線で活躍されている方々をゲストに迎えた対談コラムを複数回に渡ってお届けしています。

第4回はビジネスと人権に関する活動を多岐にわたって実践している佐藤暁子弁護士をお迎えしました。人権や福祉について関心を寄せ続けてきた弊社パブリック・アフェアーズチーム 入澤綾子が、人権問題に関して今まさに日本企業が取り組むべき課題についてうかがいます。

ことのは総合法律事務所 佐藤暁子弁護士

上智大学法学部国際関係法学科、一橋大学法科大学院卒業。International
Institute of Social Studies(オランダ・ハーグ)開発学修士号(人権専攻)取得。2010年、名古屋大学日本法教育研究センター在カンボジアにて日本法の非常勤講師。2017年、バンコクにある国連開発計画アジア・太平洋地域事務所にてビジネスと人権プロジェクトに従事。人権デューディリジェンスに関するアドバイスや東南アジアにおけるステークホルダー・エンゲージメントのコーディネーターなど、ビジネスと人権の実践に関するアドバイスを行う。日弁連国際室嘱託、同国際人権問題委員会幹事。認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局次長・ビジネスと人権プロジェクト担当。国際人権NGOビジネスと人権リソースセンター日本プログラムコーディネーター。

日本でもようやく活発化しはじめた、人権保護の動き

入澤綾子(以下、入澤):最近、日本でもさまざまな人権問題がクローズアップされるようになりました。佐藤さんは日本発の国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」の事務局次長を務めていらっしゃいますが、問い合わせや相談は増えているのでしょうか。

佐藤暁子(以下、佐藤):そうですね、着実に増えてきています。これまでは、日本の企業や金融機関、投資家の方々がNGOにコンタクトをとるような動きはほとんどありませんでした。ところがここ2、3年ほどはそういった方面から、「人権に関する講演をしてほしい」あるいは「自社の人権に関する方針や施策についてレビューやダイアログをお願いしたい」といったご依頼をいただくことが増えてきました。

ESGや人権の取り組みにおいては、私たちのようなNGOの視点が重要だという認識が、民間セクターにも広がりつつあります。ステークホルダーのひとつとして、NGOの存在感が増しているという感覚がありますね。

入澤:少し前までは、ESGの議論は温暖化や海洋・森林保全といった、環境問題に寄ったものが多かったと思います。ここ最近人権問題が注目されるようになったのは、どのような背景があるのでしょうか。

佐藤:日本国内だけではここ2、3年での動きのように見えるかもしれませんが、グローバルで見ると、人権問題はずっとホットトピックであり続けてきました。さかのぼれば第二次世界大戦後にできた世界人権宣言から始まり、戦時中に行われた人権侵害を繰り返さないようにと、さまざまな国際人権規約が成立しました。

さらに、多国籍企業の台頭に伴い企業の影響力は良きにつけ悪きにつけ強大化してきたわけです。「企業活動と人権」への注目が高まってきたのは、このグローバル経済の発展と比例するところがあるのではないかと考えています。

入澤:ここ数年でいきなり出てきたものではなく、ずっとあった問題が日本国内でもクローズアップされるようになったということなんですね。

佐藤:世界人権宣言をはじめとするさまざまな人権規約は、基本的には対象は国家です。フランス革命やアメリカ独立戦争などの歴史に見るように、人権を侵害したり制限したりするのは国家でした。

しかし現代では、人権を侵害してくるのは必ずしも国家に限りません。国家と同じくらい、場合によっては国家よりも強大な影響力をもつ企業が、人権侵害に加担する、あるいは引き起こすこともあり得るという状況が生じています。90年代に問題提起された、グローバル企業による途上国での児童労働の問題や資源の搾取、石油会社によるオイル流出事故での周辺住民の生活の侵害などが例です。

第二次世界大戦後、急激に経済が発展したその裏にあった、資源や労働力の搾取がようやく明るみに出てきたというのでしょうか。それは搾取される側の問題ではなく、搾取する側の国や企業が直視すべき問題であり、いかに責任を果たしていくべきなのか——いわゆるチャリティやボランティアとしてのCSRではなく、より本質的な企業の責任として取り組まなければならない問題があるということが、国際社会全体で認識されるようになってきたのです。

同質性が高いゆえに人権への問題意識が低い日本

入澤:そういった本質的な企業責任に対する認識について、国際社会の中で日本はどのポジションにいるのでしょうか。先進的とは言えないですよね。

佐藤:テーマによっても違うため一概には言えませんが、残念ながら、とても先進的だ、とは言えないのは確かです。ただ、すべてにおいて立ち後れているわけではないと思います。

たとえば少し前に、都立高校の男女別定員撤廃が話題になりました。一体いつの時代の話なんだろう、と思ってしまいますが、それでも、男性と同じ教育の機会も、一応は保障されています。とはいえ、若干主観は入りますが、経済発展の度合いからするとずいぶん遅れているなと感じますね。

入澤:私自身、女性として、生活する中で明らかに差別をされる、あるいは子どもの頃に学校も行かせてもらえず労働を強制されるといった経験もないですし、なかなか実感としては人権問題を意識する場面はありませんでした。平和ぼけなのかなとも思うのですが、これは日本という国の特性なのでしょうか。

佐藤:そうですね……私もそれに対しては唯一の正解を示せるわけではないのですが、いろいろ考えてみると、今まで自分の権利について意識したことがないという人は、おっしゃるとおり自分の権利を制限された経験があまりないのではないかと思います。

生まれてから今まで安全な住居を与えられ、日々の食べ物に困ることもなく、蛇口をひねれば安全な水が飲めて衛生的な環境で暮らすことができる。教育も一応は初等、中等、高等、さらにはその上まで受けることができます。

でもちょっと周りを見回してみると、日本の中にも貧困層は存在し、入澤さんや私が当たり前のように感じる権利が、彼らには十分に保障されていません。ほかにもたとえば、セクシャルマイノリティの人が同性婚というかたちで婚姻する権利を認められない、障害をもつ人が特別支援学級に入ることを余儀なくされ周りと同じ教育を受けられない、といったように、紐解いてみれば、日本の社会の中にもさまざまなかたちで権利を侵害されている人がいます。

多様性に乏しいというのは日本社会のひとつの特性ですが、多様性がないということはすべての人に同じように権利が保障されているということとイコールではまったくありません。日本の社会構造はインクルーシブであるとは決して言えず、同質性が高いゆえに、マイノリティの当事者たちが声を上げてもかき消される傾向にありました。

しかし、最近はSNSやさまざまな手段を使って発信ができるようになり、少しずつ変わってきています。国や企業の対応もそれに応じて変わってきた部分もあると思います。

人権問題を解消し安定した社会をつくることは企業の存続にも重要

入澤:これまで人権保護活動はNPOやNGOがボランティア的、チャリティ的に担ってきた部分が大きかったように思います。社会の潮目が変わっているのに伴って、日本企業も喫緊の課題としてとらえるようになってきたのでしょうか。

佐藤:このまま何もしなければ、日本社会はどうなっていくかといえば、残念ながら衰退していくだけです。人口減少と高齢化で市場も生産性も縮小していく中、グローバルマーケットにおいて日本が強力なプレゼンスを発揮できているかというと、今やそうではありません。

日本の企業が生き続けるためには、少なくとも日本の社会を少しでも安定させることが必要なのではないでしょうか。そして、より安定したビジネスは社会の安定あってこそ成立するものです。日本の中で格差や差別が蔓延して分断が進むことは、ビジネス環境という意味でも当然望ましくない未来であるわけです。

まずは、国内において人権を十分に享受できていない人に向けて、きちんと届くようにしていくこと。さらにはグローバルでも資源と社会の持続可能性を高める取り組みを進めていくこと。これが企業の社会的責任であるという認識は、本当に少しずつですが育ってきたのかなと思います。

ただ、こういった社会課題の解決は、本来は国が取り組むべきものだと思います。

国際社会の信頼を得るためにも国のレギュレーションが求められる

入澤:日本でもようやく2020年から「ビジネスと人権」に関する行動計画が策定されたこともあり、それを背景に企業も意識し始めたところもあると思います。しかし海外に目を向けてみると、もっと強制力の強い法律があり、また社会にも「差別や人権侵害は絶対に許さない」という空気感があるのを感じます。

日本でも国がルールを定め、もっと強制力を働かせて普及させていく必要があるのでしょうか。

佐藤:先日、G7の貿易大臣会合が行われていましたが、G7の中で強制労働やサプライチェーンの中での人権侵害を規制する法律を持っていないのは日本だけです。

他国から見れば、日本企業はレギュレーションのない中で事業活動をしているため、人権侵害リスクがあるのかないのかもわかりません。そんな企業と、今後も継続して取引していけるかというと積極的になれないのは必然です。

欧米では市場の中にきちんと人権という価値観を織り込んでいくというビジョンプランにのっとり、法制化による確固たる意志をもって企業活動が変わっていく中、日本だけがボランタリーに民間の意志だけでやっていきますといっても、信頼は得られないでしょう。実際に、技能実習生問題など日本企業のサプライチェーンでも人権にかかわる問題は生じています。

日本としても、国際的な基準にのっとった人権保護制度をつくっていくことは、グローバルマーケットにおいて日本企業の責任を果たし、他国との取引を円滑に進めていく上では必要不可欠です。

曖昧でボランタリーなルールよりも、「みんなでこういうステップを踏んで事業活動にかかわる人権侵害をなくしていきましょう」と同じ方向を向いていくための、一定の拘束力のあるレギュレーションが必要だと思います。

法律ができれば一足飛びにサプライチェーンを含め、事業活動に関する人権リスク、人権侵害がすべて救済されるとは思いません。マインドセットの転換や行動変容にはある程度時間がかかるとは思います。企業からすれば、いきなり義務化と言われても困るかもしれませんが、企業が準備を整えているあいだにも、その裏ではなおサプライチェーン上で搾取され続けている人がいるわけです。もし時間がかかるのであればその間にもできるだけのことをして、今人権侵害されている人の救済へ結びつけていってほしいと思います。

オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム 入澤綾子

大学卒業後、地方局報道部に在籍。記者として社会部、市政、県政を担当し、事件・事故、行政、選挙、防災、福祉などを取材。そのほかドキュメンタリー番組や特別番組の制作に携わる。オズマピーアール入社後は、自治体、IT企業、商業施設、鉄道会社のPR戦略立案からコンサルティング、危機管理広報を手掛ける。現在は各社のコーポレート領域の広報アドバイザリーを担当するほか、パブリックアフェアーズチームの一員として業務にあたっている。 PRSJ認定PRプランナー。

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