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2匹目を迎え入れる

私の実家は、鮪と河豚の卸をしており父で三代目。創業は明治四十三年という。日本人が鮪好きなのはご存知のとおり、河豚も高級食材として人気がある。とくに関西では河豚の鍋を「てっちり」、河豚の刺身を「てっさ」と呼んで、接待や特別な時に食す文化も根付いている。私が小学生の時には、年末になると鮪も河豚も売れに売れるためたくさん仕入れるので、それらが盗まれないようにトラックの運転席に乗せられて見張り番をさせられたものだった。今思えば、子供にそんなお役目をさせて危なくなかったのだろうか。当時はそういうノリだった。

時は流れ。もはや卸の時代ではなくなった。ここ数年かけて、少しずつ事業を縮小してきた。父もリタイアした。そこへ、コロナ。このたび長い歴史に終止符を打つことになった。3番目の姉が不動産部門などで引き継いでくれるので名前は残るものの、卸業は畳むことになり、娘としても一抹の寂しさはある。とはいえ、長きにわたって経営者として職人として勤めてくれた父を労う思いのほうが大きい。本当におつかれさまでした。

そういうわけで、大阪の父の事務所も閉めることになったわけだが、そこで飼われていた猫の行き場がなくなった。

どういう経緯でその猫が飼われるようになったのか、事務員さんたちの記憶もばらばらでよくわからないのだが、誰かが子猫の時に兄妹で2匹拾ってきて事務所で飼うことになったようだ。丸兼という社名にちなんで、メスを「丸(まる)ちゃん」オスを「兼(かね)ちゃん」と名付けた。が、丸ちゃんは数年前にたまたま開いていたドアから外に飛び出したところ、車にはねられて亡くなってしまったという。

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(姉から送られてきた兼ちゃん。事務所のデスクだろうか、背後に注文のメモ)

よって残っているのは兼ちゃん1匹。年齢は14歳から20歳。ずいぶんと幅が広いな。事務員さんたちの記憶が本当に曖昧。そんな老体では、なかなか里親が見つからないだろう。父をはじめ、父と苦楽をともにしてくれた事務員さんたちに可愛がってもらっていた猫なので、最後まで心地よくのんびりと生きてもらいたくてうちで引き取ることにした。

うちにはココという4歳女子の先猫がいる。ココの前にはミミオという猫を飼っていたが、ミミオが亡くなって2年ほど喪に服したので多頭飼いは初めてだ。ネットで調べると、最初の1週間は部屋を別にして少しずつ接触させるようにしてお互いを慣らせるのがいいのだそうで、あれこれと空間を工夫。

そして姉に連れられてやってきました、兼ちゃん。

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(姉から送られてきた写真、新幹線で新大阪からご移動中)

写真ではけっこう若々しく見えたのだが、やはりなかなかのお爺さんであった。ものすごく動きがスロー。

しかも姉いわく「ノミアレルギーだったのか、少し禿げちゃってるんやけど」とのことだったが(うちに来る前に、姉が動物病院で診てもらい投薬済みなのだが)ちょっと……というか、けっこう禿げていらっしゃる。洋猫が入っているのか毛の長いタイプなので、サマーカットしたように見えなくもない。

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移動の間は我慢していらっしゃったようで、キャリーから出た兼ちゃん、のそりのそりと歩くとトイレに直行してしずしずと排尿。そしてさっそくご飯を用意すると、それもためらいなく、しずしずと召し上がる。

なんという落ち着き。これが年の功というものか。事務所で育ったので、つねに人の出入りがあり、知らない人にも馴れているのかもしれない。ご両親がやっているお店で育った子が人懐っこいのと同じだろう。その動じなさたるや、高倉健さんのごとし。兼ちゃんというより、兼さん。

「兼さん、お風呂に入れられそうじゃない?」

「たしかにねー」

 姉も頷く。シャンプーは疲労するだろうと諦めていたのだが、はじめましての私の手でちゅ〜るを食べている兼さんを見ていたら、これいけるな、と思った。

 部屋の中で飼われていたからと、一度も洗ってもらったことがないようで、かなり埃っぽい。ノミの処置はしてもらったといはいえ、先猫のココちゃんとの接触も含めて、これからうちで暮していくのならさっぱりときれいにしてあげたい。お風呂場に兼さんを抱っこして連れていき、様子を見ながら、ちょっとずつ洗っていったところ、さすが、一度だけ「にゃっ」と言ったのみで、ここでも動じない兼さんなのだった。

そして、兼さんが来て1週間。

初代のミミオは悪性腫瘍が見つかって瞬く間に11歳という年で亡くなってしまったので、老猫との生活ははじめてなのだが、なかなかいいものです。ひもすがら眠っている姿にも、ふいに起きたと思ったらのそりのそりとトイレにいく姿にも癒されています。父や事務員さんへの報告もかねて(読んでくれるのかな)、たまに兼ちゃんのことも書いていきます。

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(先猫のココ、フレッシュな4歳。兼さんとはまだ少し距離があるもののだいぶ馴染んでくれた。)


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