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『ホテルメドゥーサ』本日より書店に並びます

クリスマスイブという佳き日に、角川文庫より『ホテルメドゥーサ』が各書店に並びはじめます。

こちら、単行本では『くらげホテル』というタイトルだったが、文庫にするにあたり、今の雰囲気に合わせて改題した。

背表紙の文面をご紹介しましょう。

『フィンランドの森に佇む素朴なホテルには、“異次元へのドア”があるという噂がある。ここで出会った日本人4人は、人生をやり直したいと切実に願っていた。殺人を犯して怯える男、居場所が見つからず悩む女、死んだ妻に会いたい男、子育てを終え自分と向かい合う女。ここではないどこかへ本当に行けるとしたら、どうする? 揺れ動く4人が出した答えとはーー。人生はままならないけれど、愛おしい。大きな肯定感に包まれる物語。』

(もたいまさこさんには単行本でも素敵な帯の言葉をいただき、今回新しく書いてくださいました。)

じつは私は、フィンランドに行ったことがない。行ったことのない異国の、さらに未知なる異次元の世界に思いを馳せて、この物語を書いた。なぜそんなことをしたのか? それは、当時のわたしが現実から猛烈に逃げたかったからだ。

以前、『竜になれ、馬になれ』を出版した際に『小説宝石』に寄稿したエッセイで、人間ドックで病気が見つかり、闘病したことを書いた。幸運なことに初期での発見だったものの、命にかかわる病気だったため、手術をして二週間入院し、その後にはきつい投薬による治療も受けた。その副作用で頭髪はすべて抜け、ウィッグ生活を送ったことがきっかけで書いたのが『竜になれ、馬になれ』だった……という内容のエッセイだ。

病気が見つかったのは『小さいおじさん』でデビューして2年ほど経った頃で、その間、2作目がうまくいかずかなりのストレスを抱える日々を過ごしていた。袋小路にはまってもがいている時に、病気が発覚。この時点で完全に心が折れてしまっていた。執筆どころではなく治療に専念しているうちに、もう小説を書くのはやめようと考えるようにもなった。小説を書くことが病気の種を作ってしまった。そういう思考回路。子供の頃から大好きだったはずの物語を書くという行為を、否定するような気持ちにまでなって、もはや自分ではどう扱っていいのかわからなくなり感情をこじらせていた。

小説を書けない喪失感を、何かで埋めよう。何を思ったのか、雑貨屋でもはじめようかと計画しはじめ、ある方に相談しに行ったのだった。とびきりセンスのいいその方なら、いいアドバイスをいただけるのではないかと。

その方は私の話をふんふんと聞いてくれて、雑貨屋をするためのあれこれを助言してくれたのだが、ひと通り話し終えた後、まっすぐにこちらを見て言ったのだ。

「英子ちゃん、雑貨屋をはじめるのはいいけど、書くことから逃げちゃダメだよ。現実がつらくて書けないというなら、現実から遠い世界の話を書けばいい。そうすることで、英子ちゃんは救われると思うけどな」

その言葉は私の脳天から足先まで貫き、やわになっていた全身を轟かせた。優しい言葉なのに、厳しくも響いた。自分を叩きのめされたようでもあった。

そうか、たしかに現実から遠い話なら書けるかもしれない。私と同じように、現実に背を向けている誰かを、ここではないどこかへ行きたいと強く望んでいる誰かを…。
否定するのではなく肯定する物語なら書いてみたい。
そう思えるようになって、書いたのが『ホテルメドゥーサ』だった。

(帯を取るとかわいい2匹が! 升ノ内朝子さんのイラスト、デザインは鈴木久美さん。舞台は下北沢からフィンランドへ。)

自分が書いたものはどれも特別なのだろうけれど、『ホテルメドゥーサ』は私にとって恩人のような位置づけになる。
予言どおり、たしかに私を救ってくれたからだ。

コロナ禍もあっていろんなスケジュールが再調整となり、たまたまフィンランドを舞台にした物語をクリスマスに出版できることになったことは怪我の功名だろう。
フィンランドらしい、クリスマスプレゼントにもしてもらえそうな装丁に仕上がっている。

遠くへ旅することが難しい今、『ホテルメドゥーサ』で不思議な森のひと時を堪能してもらえたら、これ幸い。

ままならない日々ですが、その中でも温かなクリスマスを過ごせますように。

(ライターの瀧井朝世さんの解説が、不思議な森をナビゲートしてくれます。)

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