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でべそ


小学3年になる息子の話である。

初めて、私の体から出てきた赤ちゃんは
それはそれは頭の大きな子で、よく泣き、よく寝ない赤ちゃんであった。
授乳も寝かしつけも、お互いになんとなく、かみ合わない。
おまけに1ヶ月くらいすると、
その子の「おへそ」はあっという間に
ピンポンボールみたいに大きくなって驚いた。

臍ヘルニア(さいヘルニア)。
だいたいは自然に治っていくよとみんなが口を揃えた。

いつしか本当にそれは小さくなって
小さくなって 
気にもとめなくなっていった。

でも

そのおへそには、続きの話があった。
私が気にもとめなくなったおへそに、
息子がいろいろな感情を閉じ込めていっていたとは
9年と1ヶ月、気が付かなかったのである。



それは昨晩
年長の娘に角野栄子さんの「りんごちゃん」を読んだ時のこと。

その本の中に
「おまえのかーちゃん、デーベソ」
というフレーズがある。
どこか懐かしいフレーズ。
あのジブリ映画にも出てきたっけ。
今どきこんなこと言う子どもっていないと思うのだけど
それにしても、口にしてみると、とんでもない悪口で笑える。

娘が不意に「でべそって、なんだっけ?」と言った。
その時息子が「これこれ」と見せてくれたのが、きっかけだった。

本を読み終わると、息子が何か思っているような背中を私に向けていた。

「どうかした?」と尋ねると、
「 でべそがいや。」とポンと答えたのである。

私はびっくりした。
そもそも、私は息子のおへそは〈小さくなった〉と思っているのだから
申し訳ないけれど〈でべそ〉という認識すら薄かった。

そして、本当に、そのおへその形が
人と違うとか、かっこ悪いとか、思ってなかったから。

「何か言われたりするの?」と尋ねると、
「うーーん・・・」とまた背中を向けた。

そういえば息子は、プールの時や人前で着替えるとき
やたら周囲を気にして、タオルで体を巻いて着替えたり、
上半身も水着を着たがる傾向があった。
それは彼の特性や趣向で、あえて尊重してきたつもり。

だけど もしかして。
おへそを、隠していたかったんだね。

うっすら涙をにじませている息子に、
私はこの話をしなければと思った。




ママもね、生まれた時から足の指の形がみんなと違ったの。

プールの時、男の子がみんな笑ったから、プールが嫌いだった。
ずっと足の指を見られるのが嫌いで、好きな靴を履けなかったし、
素足になるとまるで悪いことしてるみたいにドキドキしてた。

でもね、ある時、大切な友達がね、
「ゆうちゃんのその足の指、かわいいね」って言ってくれたの。


最初は、嘘だって思ったよ。
気持ち悪いでしょって思ったよ。
だけどね、「そんなことない、かわいいよ」って何度も言ってくれたの。

それでね、その子にも実はすごく恥ずかしくて
人に見せたくないところがあるんだってこっそり、教えてくれたの。
そして「かわいいでしょ?」って。

それからママもね、自分の足の指が可愛くなったってわけ。

私は大学生の時に初めて、
足先の出るtommy hilfigerの
真っ赤なフラットシューズを買って
それがすごく自分によく似合っていて
感動したのを思い出した。

あんな友達や
あんなフラットシューズに
出会えたことが嬉しかった。



そして最後にこう伝えた。



ママは、あなたのそのおへそ大好き。

ママとお腹の中で繋がっていた、そのおへそが。
どんな形をしていたって、その形が好きだよ。

息子はもぐらのように布団の中にもぐっていって
泣いていた。


次の日の朝、学校に行く息子が
ふいに抱きついてきた。

そして、私の顔を見てニカっと笑って、
おへそを私に見せて、親指を立てて
「グー」をして見せた。

私は「わっ」と思った。

これから、何度でも、何度でも、
言ってあげようと思った。

「あなたのおへそが大好きだよ」と。


いつか息子も
きっとそれを誰かに伝える日がくるだろう。

それは、〈でべそ〉を神様からもらった

あなただから

あなただからこそ

できることだと 私は思う。


おわり

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