敬愛、田辺聖子さま

昔は恋愛小説を忌み嫌っていた。
なぜならば、全く自分の思い通りにことが進まないからだ。
主人公はすぐ男に絆されて、ホテルに行くし、肉体関係を持つ。
もう少しそのプライドを踏ん張りなさいよ、と思いながら男のワガママに心酔している様を見るとバカバカしくなってくる。

男に対してのプライドはないんか
安く見られるなんて絶対嫌だわ
こんなクズの連絡を返すな、とるな
思いどおりにさせるから、その男はクズというレッテルをブランドのように掲げ、クズが好きな女がいるから、次はそのブランドを男性器の如くぶら下げて簡単に女を泣かせる。
女を泣かせても、女はそういう男が好きなのだから、話が永遠円満に解決することない。

当然、上手いこと事が進んでいたら1章にも満たず、読者も誰も喜ばない。
それはただの惚気話だ。

ならば純愛小説はいかがか。
何が面白いのかさっぱりわからん。

そんな感じで恋愛小説を長年遠ざけて読書人生を送っていた訳だが、職場の友人から田辺聖子の作品をおすすめされた。

田辺聖子の作品は一作だけ、『おちくぼ姫』を読んだことがあるだけだった。
一時期ラブロマンス映画にハマっていた(小説は忌み嫌うくせにな)ときに、私は心もヒロイン気分になり(元々お姫様気質ではある)、なんだかロマンティックな物語でも読みたいわ…と思っていた時に読んだものだった。

友人から紹介された作品の題名は『言い寄る』
なんだか、かっこいい題名だと思った。
しかし、この主人公の性格と、私の恋愛観は全くの真逆であった。

あらすじはざっくりいうと、31歳のフリーデザイナーである乃里子は片思いしている男、五郎がいる。
乃里子は、ほかの色男に言い寄られて関係を持ったりするが、五郎には言い寄れないでいた。

なぜ?好きな男がいるのに他の男と関係を持つ?なぜ?色男は他にも女がいるのにそれを良しとして関係を続ける?

考えられないほどに、共感できない話だが、さすが田辺聖子先生。
それをユーモラスな文体で鮮やかに描いていらっしゃる。
そして乃里子の心情描写を軽快な大阪弁を混じえて、憎めない人物として話が進んでいく。
本当にあるような話で、切なさと愉快さの交互浴をしている気分になった。

シンプルに面白かった。
そして同時に、少し羨ましくなった。
遊び相手のいる世界は、ドロドロしながらも、心も体も豊かにさせる時もあるのかもしれないと思った。
そういったものとは無縁の位置にいる私の人生のつまらなさをより克明に証明された気がした。

本屋で買う作家のスタメンとなった田辺聖子は、今私の心を癒してくれる大切な存在となった。

私の身近に男が現れると、田辺聖子作品に出てくる女たちの心情が痛いほど分かり、私もその作品の一部になっている気持ちになる。
私は、田辺聖子の作品となりたい。
男に心を奪われ、翻弄されて、心がギクシャクしても、きっとそれは辛い経験になんてならない。
男と女とはそういうものよ、と諭される。
全て愛おしい思い出となるのだ。

私が田辺聖子の作品になるのはもう叶わぬが、いつか失恋した時に心を支えてくれるのは、きっとあなただと確信している。

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