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ショートショート『言食い』

「オーダーが入ります。辞典2冊」

 二足歩行のウェイトレスは、窓際に座る2名の注文を淡々と述べた。それを聞いた厨房スタッフは倉庫へ向かい、『国語辞典』と書かれた棚から辞書を2冊取り出した。

「お願いします」

 時間にしておよそ5分。辞書を受け取ったウェイトレスは、今さっき注文を受け付けた窓際の席へ運び、「おまたせしました」と告げた。

「ちょっと遅くない?辞書を取りに行くだけなのにこんなかかる?」

 2名のお客はカップルで、男性の方が提供時間の遅さを指摘した。辞書レストランはコンビニの数を優に超え、提供時間の速さが競争優位性に大きく関わっていた。

「大変申し訳ございません。『広辞苑』でしたので、運搬に手こずってしまいました」

「いいじゃんいいじゃん、広辞苑よ。早く食べましょう」

 女性が割って入り、会話を中断した。ウェイトレスは深く頭を下げ、静かに席を離れていった。

 誰かが使ってた辞書なのか、広辞苑の天には色とりどりの付箋が飛び出していた。

「かわいい」
 女性はそう言いながら、写真を撮った。パシャリパシャリと何枚も。その様子を男性は怪訝そうに眺めていた。

「食べないの?」
「食べる食べる」

 二人は「いただきます」も言わずに、前歯を使ってムシャムシャと食べ始めた。上下の歯を左右にスライドしながら噛み砕き、何分もかけて1枚を飲み込む。辞書レストランでは、よく見る光景だ。

 隣の席も、カウンター席も、テーブル席も、すべての席で辞書が提供され、客は無心で食べている。

 日常的には食べないが、月に1回こうして辞書を食べるのが当たり前となっている。



 数十年前のある日。一人の小学生が飼育小屋に辞書を放り込んだことによって、食物連鎖が狂った。

 辞書を食べ言葉を覚えたヤギが、人間を首位から引きずり落としたのだ。





–––––完–––––

Sheafさんの、ストーリーの種 46から『オーダー入ります。辞典二冊』を使わせていただきました。





本作がお口に合いましたら、こちらも是非。


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