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ショートショート『ゴミ収拾者』

「ゴミ出しにも、技があるんですか?」

「そりゃもちろん。全部力尽くですと、こちらが大変ですので」

 ”ゴミ出し”の依頼主は、私に質問を繰り返すことで、捨てきることへの躊躇いを誤魔化そうとしている。


「あとは何をすればいいですか?」

「服はこれで全部ですよね」

「はい。言われた通り着ていない服も着ている服もすべて入れました」

「それでしたら、貴重品の方をリュックかキャリーケースに入れてください。特に大事になされているものは忘れないようお願いします」

 45Lの袋にパンパンに詰め込まれた衣服。服が収納されていたクローゼットを見ると、バランス悪く佇んでいた。

 計3つ。今にも破れそうなほどのゴミ袋を、依頼主の代わりに玄関まで運んだ。小さな靴だなの上には、倒れた写真立てがある。


「これで全部です….」

 メイクが少し擦れた依頼主の目は、カラカラに枯れていた。右手には青いキャリーケース、左手には黒いリュックサックを持っており、それらを玄関に置いた。

 準備万全。

「本当にこれで捨てきれるんですよね?」

「はい。アフターサービスもセットになっていますでの、綺麗サッパリ捨てきれることができますよ」

 依頼主は靴だなに視線を動かし、倒れていた写真立てを手にとりリュックの外ポケットに詰め込んだ。躊躇いもなく、力強く。


「そろそろですかね」

「はい。18時には帰るって言ってたので、もうそろそろだと思います」

 カチャ、カチャ。ガチャ。

 ドアノブがひとりでに動いた。

 「キーー」と音を立てならがドアが開き、その隙間から男の姿が見えてきた。


 顔立ちの良い青年が丁度いい高さで顔を覗かせてきたので、思いっきり拳を振りかぶった。そして、腹にも。

 一応グローブを装着しておいたからそこまで痛くないはず。

「いって〜な、誰だよてめ〜」

「たーくん私と別れて!」

 次は足蹴り。

「もうたーくんの嘘を庇いきれない!もうたーくんの世話はできない!もうたーくんの……」

 乾ききった彼女さんの目から涙がこぼれ落ち、化粧が涙の軌跡を残した。

 ふらふらになりながら立ち上がるターゲットに、最後のパンチを腹に食らわせた。


「わかったわかった。そいつが誰か知らんが、もう別れる。だから荷物だけまとめさせてくれ」

 あっけなく捨てられることを認めた。そのクズ男に、先程準備しておいた彼氏の私物を投げ捨てた。

 彼は慌てて荷物を持ち、ドカドカと廊下を走り階段を下っていった。


「これでゴミ出しは完了です。あまりないですが、執拗深い元彼さんですと取りに帰るものが何もないのに戻ってきたりします。もしも戻ってきた時はこちらにご連絡ください」

 職業欄のところに『ゴミ収拾者』と書かれた名刺を渡した。


 『ゴミ収拾者』とは、クズ男を捨てきれない彼女さんの代わりに追い出してあげるサービスである。法律的にはグレーゾーンだが、意外と儲かる。会社の規模もここ数年で上がってきている。

 そんなゴミ出し業務も、ここで終了。

 ここから先は、業務外のお楽しみタイムだ。

 今さっき空席になったばかり隣に座る。慰め、話を聞き、酒を飲み、半分になった部屋で依頼主と朝を迎える。

 会社にも妻にも言っていない仕事終わりの至福を、今回も満喫した。



「それでは」

 おそらく今後会うことはないだろう。アフターサービスがあるとは言っているが、戻ってくるクズ男はそうそうない。

 依頼主のドアを閉め、女を使い捨てた。


 木曜日の朝。車での帰り道、住宅街の隙間から燃えるゴミを捨てに行っているお婆さんが見えた。いつもの朝だ。

 駐車場に停め、車の鍵を閉め、エレベーターに乗る。5階に着き、外廊下を歩き、自宅のドアに鍵をさす。

 「キーー」と音を立てながら開けると、知らない男の拳が飛んできた。





–––––完–––––

毎度お馴染みSheafさんの #ストーリーの種 から、お題をいただきました。

今回のお題は、『ゴミ出しにも、技がある』です。





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