見出し画像

48時間では終わらなかった戦争に際して―E.H.カーの未来予測

2022年2月24日にロシアがウクライナへの侵攻を開始したのだが、ロシアのプーチン大統領は48時間以内に侵攻は終わると踏んでいた。西側の外交筋も数時間以内にキーウが陥落すると予測していたし、西側はウクライナのゼレンスキー大統領に亡命を勧めていた。しかしゼレンスキーは留まり、キーウも陥落することなく、戦争は2022年11月25日現在、完全な膠着状態にある。

戦争の予測は当たることもあるが、たいてい外れる。1914年7月に始まった第一次世界大戦は「クリスマスまでには戦争は終わる」と予測されていたが、実際には4年以上の消耗戦となり、約1600万人が死亡する大惨事となった。

第一次世界大戦が短期戦になると予想されたのは、それまでの戦争のトレンドが一因にある。近代ドイツの運命を決めたプロイセンとオーストリアの戦争(普墺戦争、1866)は予想外の短期戦により「7週間戦争」と呼ばれた。普仏戦争(1870-1871)も1870年9月1日の「セダンの戦い」の1日で決着が着いた。短期決戦は当時、「戦争の古典的なモデル」とされていたのだ。

セダンの戦い(Wikipediaより)

また、第一次世界大戦前には「戦争が時代遅れになった」という認識が「常識」となっていた。文明の進化を信じる当時の雰囲気、国家間の経済的結びつきの深化、複雑な交渉や条約により戦争は起こらないと考えられていたのだ。

SF作家のH.G.ウェルズは勃発した第一次世界大戦を「戦争を終わらせるための戦争」と形容し、今や侮蔑的な文脈で語られることが多いが、ウェルズは、こうした楽観的な雰囲気とはまったく別の視点を持っていた。ウェルズは戦艦や戦車などの近代殺戮兵器の登場を予測するとともに、「世界中の国家に戦争の撲滅を決心させることができるのは大災害だけだ」と第一次世界大戦の到来の予測をも的中させてしまった。第一次世界大戦を「戦争を終わらせるための戦争」と力説したのはそういった反戦主義の文脈で語られたのである。第一次世界大戦の終結後に主権国家の廃止まで提案したウェルズに対し、国家主義ナチスの到来を予測できなかったという指摘はあたらないだろう。

第一次世界大戦後にドイツには過酷なヴェルサイユ体制が敷かれる一方、ウッドロー・ウィルソン米大統領の提唱のもと国際連盟が設立されたのだが、歴史家E.H.カーはこのような理想主義を「ユートピア主義」と鋭く批判している。

E.H.カー(Wikipediaより)

カーの批判は3点に要約できる。

  1. 進歩への根拠のない信頼

  2. 権力パワーという要素の無視

  3. 共同体全体(=国際連盟)の利益と共同体構成国(=国際連盟加盟国)の利益を同一視した上での正義の確立の試み

カーの予測(すでに出版時には開戦していたが)は当たり、第二次世界大戦という破局を迎える。

歴史家が未来に提供できることは何だろう。しょせん未来は予測できないというニヒリズムだろうか。そうではないことは、カーが証明している。進歩主義の破綻、パワーポリティクスとリアリズムの重要性というカーの指摘は、現代にも当てはまる。歴史家はたえず過去・現在・未来を分析しなければならないと思うのだ。

参考文献

  • ローレンス・フリードマン『戦争に未来 人類はいつも「次の戦争」を予測する』

  • 下斗米伸夫『プーチン戦争の論理』

  • E.H.カー『危機の二十年』

関連記事


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?