見出し画像

ヒマワリの種を忍ばせて

 世の中にすごいものはいろいろありますけれども、草もなかなかすごいですよ。暖かい頃、ちょっとでも地面があると、いつの間にか生えている。テラスに薄く積もってしまった土埃の上に小さな双葉が見えた時は感心すると同時に呆れました。こんな生き延びる勝算がなさそうな場所にもワンチャン狙って根を下ろすなんて、チャレンジャーにも程があります。

 草の何がすごいって、侵入しているところがほとんど見えない点です。草は植物ですから、種を主な手法として増えています。当然、種の多くは我々の目にも見える大きさのはずです。ネットで軽く調べたら1番小さな種で0.5mmというものがありました。小さいですが、辛うじて目に見えるレベルです。

 土壌がむき出しの空き地を放置しておくと、1年も経たずに草が生えまくって青々としてきます。数年も放置すれば2メートル級の草が壁のように生え、10年も経つとマジで木とか生えてきます。でも、いつどこからそんなに種が飛んでくるのか全く分からない。私も気が向いた時に注意深く見ているんですが、「おお、たった今、草の種が飛んで来たぞ。このまま放置すると来年の春には目を出すだろうな」なんて瞬間をとらえたことがありません。にもかかわらず、あらゆる空き地は放置されれば草が生え、木が生え、いつか森と化してしまう。空き地どころかコンクリートの割れ目からも草は平気で生えてくる。たくましい限りです。人の皮膚が土でできてなくてよかったと思わずにはいられません。

 さて、私の最寄り駅には小さな商店街があるんですが、ある日、その中の古い店が取り壊されてしまいました。商店街の中にポッカリと空いた土地はある種、異様な光景ですけれども、足元がコンクリートでピッチリ覆われている中で土壌が見えるというのは新鮮な景色でもあります。駅近くの土地ですから、やがてそこには新しい建物ができるんでしょうけれども、しばらくはロープで囲まれた空き地のままになっていました。

 当時は夏だったんですけれども、それにしたって1ケ月も経たずに草が生えてきたんです。やっぱり草はすごいなあと感心しながら日々空き地の前を通っていたんですが、それから数週間するとなんか急に上へ上へと伸びる茎が数本現れたんです。何だこれはと思ったんですが、花が咲いて正体が分かりました。ヒマワリだったんです。

 他の草たちは名前こそ知りませんが、いかにもその辺の空き地に生えてそうな草ばかりでした。それに比べてヒマワリは異質です。土地を放置しておけば勝手に生えるような植物ではなく、明らかに誰かの手で種を用意しなければいけない。近所の誰かがノリで種を巻いたのでしょうか。それともウッカリ落としたのでしょうか。いやいや、私は別の可能性も考えました。何らかの形で床下に眠っていたヒマワリの種が、建物の解体と同時に土壌へ解き放たれ、芽を出したというパターンです。いずれにしろ、誰かがヒマワリの種を用意しておかないとこんな現象は起きない。

 道行く人々は意外とヒマワリの種を持ち歩いているのでしょうか。世界は私が考えているよりも奇妙な現象に満ちているようです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?