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数をかぞえると見えてくるどうでもいいもの

 人間、いくら忙しいと言ったって、ちょっとした暇がポッカリ出てくるものです。例えば、電車を待ったり、信号を待ったり。こういうちょっとした空き時間では何か作業をするわけにもいかず、頭をぼんやりさせる以外になかったりします。

 いつの頃からかは忘れてしまいましたが、こういうちょっとした時間に数を数える癖がついていました。もちろん、率先してやろうと心掛けているわけではございませんから、やったりやらなかったりなんですけど、気づくと数えてるんです。

 役に立つこともたまにはあります。信号機で待っている時は、赤になった瞬間から青に変わるまでの時間を数えています。毎日の通勤路ともなりますと、見かける信号機は全て秒数確認が済んでいます。ですので、歩く速度を調整すれば赤信号に引っ掛からずに通り過ぎれるようになります。「あと数秒で点滅するから今から走っておこう」みたいな対策が練れるようになってくるんです。

 逆に、マイナスに働く時もあります。例えば、私は小学生の頃、階段を上るのがあまりに退屈すぎて段数を数える癖がついたんです。小学校も6年通っていると、校内全ての階段は段数把握が済んでいる状態となりました。

 私の小学校は名探偵ホームズシリーズが人気でございまして、みんなこぞって図書館で借りていました。お陰でシリーズの大半は貸し出し中でございましたけれども、たまに運よく借りれることがあったんです。ワクワクしながら読み進めておりますと、ホームズがワトソンにこんな感じのことを聞いていたんです。「君は私の事務所の階段が何段か知っているのか」と。ワトソンは当然知りません。

 ワトソンはホームズの相棒であると同時にホームズの引き立て役となっている一面があります。「凡人」のワトソンが「天才」ホームズの能力を際立たせるわけですね。階段のセリフだって、その一環だったんだと思うんです。身近なことにまで目を配る観察眼、これがホームズの天才的な推理に一役買っていると読者に思わせたかったのでしょう。しかし、当時の私には「階段の段数を数えるなんて当たり前のことでホームズはなんでそんなに威張るんだろう」と思っていました。私の癖はホームズのすごさを目減りさせていたんです。

 とは言え、空き時間に数をかぞえる癖なんて大半は役に立ちません。せいぜいがちょっとした暇つぶしになる程度です。それでも私は今日も懲りず、ホームに電車がやって来て、人が降りているのを眺めている間、私は降りる人の数をかぞえるんです。

 都内のターミナル駅ともなりますと、ひとつのドアから20人以上降りる時なんてザラです。全てのドアから同じ人数だけ降りているとなりますと、1000人程度が一気に降りている計算です。ちょっとした村くらいの人数が、電車1本来るたびに降りる。大都市の恐ろしさを感じます。

 降りる人を数えていると、必然的に降りる人の姿を確認するようになります。いろんな格好をした人が電車を降りていきますが、大半は無表情です。だから、表情のある人が目立つ。

 過去に一度、電車から降りてホームを一歩踏みしめた瞬間、顔の中心にシワをギュッと寄せた女性がいました。一体どういうことなんでしょう。踏みしめた時に膝の古傷が傷んだのか、それともホームに降りた瞬間に何かを漏らしてしまったのか。気になりはしましたが、不審者認定されるリスクを冒してまで本人に尋ねる勇気なんて全然ない。

 いずれにしろ、今日も私は何の役にも立たないカウントをしたりしなかったりしています。

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