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三枚のお札以前の問題

 「三枚のおふだ」という昔話がございます。

 とあるお寺に和尚と小僧が暮らしていたんですが、どういう話の流れか、小僧が山へ栗を拾いに行きたいと和尚へ頼み倒すんです。和尚は「山には恐ろしい山姥がいて危ないからダメだ」と止めますが、小僧の栗への執着がなぜか半端ない。和尚は仕方なく小僧の栗拾いを許可しますが、代わりに「山姥にあったらこれに願い事をして使いなさい。きっと守ってくれる」と言って3枚のお札を持たせました。

 小僧は嬉々として山で栗を拾いまくりますが、やがて日が暮れ、山中で夜を迎えてしまいます。途方に暮れている小僧の前に明かりが灯った1軒の小屋が。小僧は小屋の戸を叩き、中から出てきたおばあさんに一晩泊めてもらうよう頼みます。おばあさんは快諾しました。

 これでおばあさんが山姥じゃなかったら、わざわざ昔話になるわけがありません。小僧が寝たと見るや山姥はアッサリと正体を現し、早速小僧を食おうと包丁を研ぐという山姥としてはベタベタな対応に出ます。ベタだろうが怖いのが山姥、異変を感じて目を覚ました小僧は山姥に震えあがり、「とりあえずうんこしたい」と懇願します。山姥は小僧を縄で縛り、「この状態でトイレに行け」と、特殊なスタイルでの排便を強要します。小僧はトイレにこもり、1枚目のお札に「身代わりになってくれ」とお願いします。

 山姥が外から「まだか」と聞くと中から「もうちょっと」と小僧の声が。最初は大人しく待っていた山姥でしたが、何度聞いても「もうちょっと」「もうちょっと」。さすがにしびれを切らして山姥がトイレに突撃すると、そこに小僧の姿はなく、壁に1枚のお札が貼ってあるだけでした。

 小僧がどこで縄抜けの術を体得したのかはともかく、騙されたと知った山姥は小僧を追いかけました。山姥は何しろ山の姥ですから、もう山中をガンガンに突っ走り、逃げている小僧との距離を詰めてきます。こりゃヤバいと思った小僧は2枚目のお札にお願いをします。「デカい川になれ」。たちまちお札は大河となり、山姥をガッツリ足止めします。しかし、山姥は相当腹が減っていて胃の容量に余裕があったのか、大河の水を飲み干してしまいます。

 ヤバいと思った小僧はラストのお札に「火の海になれ」とお願いします。お札からブワッと広がる火の海。しかし、山姥は胃の中に収まっていた大河の水を吐き出して火の海を消してしまいます。何という資源の有効活用、山で暮らしているだけあって環境に優しい手法です。

 お札を使い切ってしまった小僧ですが、お陰でどうにかお寺には戻って来れました。早速、和尚に助けを求める小僧は、これからは栗を拾いたいとか言わず真面目に修行をすると約束し、寺の奥に隠れました。のんびりお餅を焼いている和尚のところへ山姥がやってきて、「小僧を出せ。出さぬと命はないぞ」と脅してきます。

 落ち着いた様子の和尚は「術比べをして勝ったら教えてやろう」と提案します。なぜか乗る山姥。すると、和尚はこう言います。「あんたは山のように大きくなれるのか」と。山姥は「簡単だ」と言い、本当にガンガン大きくなる。和尚は感心し、「さすがのあんたも小さな豆にはなれんだろ」と言うと、カチンときた山姥は「バカにするな、見てろ」と言って豆になった。そこですかさず和尚は焼いていた餅で豆をくるんで食べてしまいました。めでたしめでたし。

 ただただ和尚のすごさが際立った昔話をかなり茶化してお送りしましたけれども、この「三枚のお札」、昔話あるあるといたしまして、細部が微妙に異なるバージョンがいろいろ存在しているようです。

 例えば、ウィキペディアを確認しますと、小僧が山へ行く理由が違うバージョンが存在していまして、「山菜採り」「杉の葉採り」なんてものから、和尚が頼んで山に行かせるというものもあるようです。他に別バージョンが多い部分は山姥の最期で、「寺の門に挟まれる」「壺に封印される」「虫に化けさせて潰す」「小僧を探しすあまり井戸の水に映った自分の影を小僧と勘違いして飛び込む」、中には山姥が和尚を食ってしまうというバッドエンドもあるようです。

 私は小学校の図書室にあった絵本で初めて「三枚のお札」を知りました。そこに書かれた「三枚のお札」は「小僧が駄々をこねて栗拾い」「札の使用法は『身代わり』『大河』『火の海』」「山姥は豆に化けたところを和尚に餅ごと食われる」という、比較的王道寄りのバージョンだったと記憶しております。

 唯一違うところは、小僧が律儀にちゃんとトイレでうんこをしてから脱出を試みるところです。リアリティを出すためなのか、腹を軽くして逃げやすくするためなのか、ただ単にマジでしたかったのかは知りませんが、とにかく一発かましてからお札にお願いを開始する。

 小学生だった私が最も気になったのは小僧が出す時の音です。その絵本には「ビリッ ビリビリッ ビリビリビリッ」と書いてあったんです。肛門が裂けてる音に読めて仕方がありませんでした。尻から何を出せばそんなに肛門を裂けるのか。もしくはせっかく和尚からもらったお札を拭く紙として使うために破いているのか。そもそもお札をどうすれば拭ける紙になるのか。あまりに気になって、話の肝であるお札の活用があんまり頭に入って来ませんでした。

 あれから数十年、未だにあの音をあんな擬音で表現した人物に出会えていません。かなり特殊な人の書いた絵本にぶちあたったのだと思っています。

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