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競技ダジャレ選手

 地元は雪こそ降るんですが滅多に積もりません。10年に1度積もればいいほうで、しかも地面を薄っすらと白いものが覆う程度です。それでも、地元では雪が積もれば大騒ぎで、みんなどうにか雪をかき集めて泥まみれの雪だるまを作りますし、カメラで白くなった景色を撮りまくります。まだアナログなカメラしかなかった時代だってわざわざカメラを出してきて撮りまくったと両親は言っていました。

 ところで、人が地元を離れる、よくあるきっかけのひとつが大学進学です。そこで初めてひとり暮らしをする人も珍しくありません。私もそうですし、友人の多くもそうでした。その中のひとりを仮に長谷川君としておきます。

 長谷川君の進学先は秋田県の大学でした。冬は雪が積もりっぱなしのようで、軽く検索するだけでおびただしい数の白銀画像が出てきます。長谷川君も秋田の冬はそういうものだと知り、ワクワクしていたそうです。雪の降らない地域の人間からしてみたら、積雪は10年に一度、つまりオリンピックやワールドカップよりも遥かにレアなイベントです。ちょっとした天体ショーレベルの希少価値がある。胸が高鳴る気持ちはよく分かります。

 実際に秋田へ下宿した長谷川君、いよいよ雪の日を迎えました。初日は下宿の敷地内に雪だるまを作ったり写真を撮りまくったりと雪を満喫したようですが、気持ちが落ち着いてからも延々と雪が降ってきます。「雪は3日で飽きた」という長谷川君は、1ケ月もすれば地元の人間と同じくらい積雪にうんざりする日々を過ごすようになったそうです。

 長谷川君の話は、雪が滅多に積もらない私の地元と当たり前のように雪が降る地域との対比が分かりやすいため、地元の特徴を説明できるエピソードとして私はよく使っていました。そして、この間も友人に同じ話をしたんです。その友人を仮に橋田さんとしておきましょう。

 橋田さんは昔からダジャレを言う人でした。しかも、誰もが思いつくようなダジャレを何のためらいもなく最速で言う。「こういうのはためらってはいけない。誰よりも早く、堂々と言うべきだ」というのが橋田さんの主張です。ひとりだけ何かの競技に参加しているかのような気がしてきます。誰よりも早く言ったところでベタなダジャレですからウケないんですが、橋田さんは「別にウケると思って言ってない」と涼しい顔です。さすが競技ダジャレ選手、メンタルが根底から違います。

 そんな橋田さんにも長谷川君の話をしました。地元にいた時の長谷川君はあれだけ雪に飢えていたのに、いざ雪が降りまくる秋田県に引っ越したら3日で雪に飽きた。そう言うと橋田さんは速攻で「秋田だけに飽きたのか」と言ってきました。さすがとしか言いようがありません。

 ただ、話はそこで終わりませんでした。橋田さんのダジャレを受けて、私は思わずこう言いました。

「この話は何度もしてるけど、そんなダジャレが隠れてるなんて初めて気づいたよ」
「信じられん。どう考えてもダジャレじゃん。言った人もダジャレ待ちしてたんじゃないの」
「『秋田県で雪に飽きた』って言ってほしかったってこと?」
「そうだよ。何スルーしてんだよ」

 よく分からない叱られ方をしてしまいました。競技ダジャレ選手の橋田さんは、一般人である私とは考え方に天地の差があるようです。

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