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トマソンの誕生を見た

 いつからか「トマソン」という考え方があると知りました。

 ウィキペディアにもいろいろ書かれていますが、要は何らかの理由で全く利用価値がなくなり、ただ存在するだけの建築物を指す言葉のようです。

どこにも繋がっていない階段
ウィキペディアより引用したトマソン画像

 上の画像の階段は、もともとはどこかに繋がっていて、ちゃんと階段としての役割を果たしていたに違いありません。しかし、工事や災害など、いくつかの偶然が重なった結果、どういうわけかどことも繋がっていない階段が誰も利用できない形で残されてしまった。まるで前衛芸術のようにも見えるためか、「超芸術トマソン」と呼ぶこともあるようです。

 ウィキペディアによるとトマソンという考え方が生まれたのは1970年代初頭のようで、やがて有志によるイベントが展開され、1980年代初頭にはテレビ番組にも取り上げられてトマソンを扱った書籍も刊行、知名度はピークを迎えます。以降もイベントは散発的に開催され、インターネットでも密かに活動を継続しているようです。

 何らかの理由で利用価値のなくなった建築物は過去にも存在していたでしょう。そんなもともとあったものに名前をつけられ、楽しまれるようになったのがトマソンです。そのため、トマソンという考え方を知らない人の周囲にもトマソンは存在していますし、中にはその奇妙な存在に気づき、ネタにして楽しんでいる人もいるに違いありません。

 ところで、私の家の近所には非常に古い民家がありました。人は住んでいるようなのですが、家主の手入れが行き届いていないのか、それとも家主の趣味なのか、庭には様々な植物が茂りに茂っていました。もうどこからどこまでが意図的に育てているものなのかサッパリ分からない、それくらい混沌としていました。家主がその気になればいつでも心霊スポットの仲間入りを果たせる、そんな状況を保っていました。

 庭で特に茂っていたのは、つるを伸ばすタイプでした。やつらは他の頑丈な何かにサッサと巻きつくことで体を支える性質上、植物の中でも成長が早いんです。しかも、際限なく伸びてゆく。実際、あらゆる木につる植物が巻きついていまして、完全に庭を制圧していました。

 つる植物は庭を制圧するだけに飽き足らず、そばの電信柱に巻きつき始めました。そして、つる植物はそのままシュルシュルと上に伸び、とうとう電線にまで絡みつくようになりました。初めて見た時は「大丈夫かこれ」と思いましたが、人間は慣れてしまう生き物ですから、すぐに何とも思わなくなるんです。日々つる植物に制圧されつつある電線を時々眺めては「お、今日もやってんな」と思ったものです。特に送電トラブルも起きていなかったようで、いつになってもつる植物は元気に電線へ巻きついておりました。

 しかし、つい最近になりまして、その古い民家は取り壊しになりました。庭の植物もまた同様で、猛威を振るったつる植物も例外ではありません。あれだけ植物でモッサモッサしていたのに、いざ取り壊しが決まると、あっという間に赤土の更地とかしてしまいました。心霊スポット予備軍だった民家の面影は何ひとつありません。

 いや、ひとつだけ残っていました。取り壊しの際、あらゆるつる植物も建設業者によって駆逐されたと思いきや、電信柱に巻きついた分だけは建設業者も手が出せなかったのか、ほぼ丸々残されていました。ただし、地面とは切り離されてしまったため、残されたつる植物は電線に絡みついたまま枯れてしまいました。更地には新しい家が建ち、そこに新しい住民が新たな生活を始めましたけれども、電信柱に巻きついたつる植物は枯れたまま残り続けました。それから台風などで一部が吹き飛ばされながらも、つる植物は枯れた体を現在に至るまで残し続けており、今でもとある新築の家の前で見上げればその姿が確認できます。

 事情を知らない人からしてみれば「あれは一体何なんだ」と思うことでしょう。「鳥のいたずらか、それとも嵐の日に引っ掛かったのか」と予想する人もいるかもしれない。このような植物の残骸がトマソンの定義に当てはまるのか分かりませんが、少なくとも私はトマソンっぽいものの誕生を目撃したのだと思います。

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