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笑いに関する名言集――難解な笑い

 世の中には呆れるほど膨大な名言であふれていますけれども、せっかくお笑いが好きなので笑いに関する名言を集めて忘れたころにご紹介しています。

 ここでは笑いの名言を以下のみっつのどれかに当てはまるものとしました。

・笑いに関係する言葉が入っている名言
・笑いに関係する仕事をした人の名言
・笑う余地がある名言

 今回は、知性が足りないからなのか価値観が違うからなのか、私がいまいち意味を理解できていない名言を敢えて載せてみたいと思います。

音楽の存するところ、笑いはありえない。
ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラ(1547-1616)、「ドン・キホーテ」

人生の名言1500(宝島社、2018)、世界名言大辞典 新装版(明治書院、2018)より

 ドン・キホーテはもちろん激安の殿堂のほうではなく、その出典元のほうです。セルバンテスのドン・キホーテというやつで、つまり小説です。それだけ有名な作品のためか、この名言は複数の名言集に収録されています。

 音楽のあるところに笑いなんてあるわけない、という意味合いだとは思うんですけれども、どうして音楽と笑いが相容れないような感じに書かれているのかよく分からないんです。演奏しながらでも歌いながらでも普通にニコニコできると思うので。

 「腹を抱えて笑いながら歌えないでしょ」ということなのでしょうか。確かに歌えなさそうではありますけど、吹かないタイプの楽器ならば演奏はどうにかできそうです。まあ、音が乱れはするでしょうけど、音楽と笑いが共存できない感じではない。

 そもそも今のお笑いですと歌ネタとかありますし、音楽を流すコントも普通にあります。なんかセルバンテスの「そういうことを言ってるんじゃない」という言葉が聞こえるかのようです。そう言われては「どうもすいません」としか返事のしようがありません。

 今回はずっとこんな感じで参ります。続いても小説の一文からです。

人生は「むせび泣き」と「すすり泣き」と「ほほえみ」とで成り立っていて、わけても「すすり泣く」ことが一番多いということがわかってきた。
O・ヘンリー(1862-1910)、「賢者の贈り物」

人生の名言1500(宝島社、2018)、世界名言集(近代文芸社、2004)、世界名言集(岩波書店、2002)より

 O・ヘンリーは短編小説の名手とも呼ばれるビッグネームでございまして、名言となっている一文はその中でも有名な作品である「賢者の贈り物」から引用されています。

 同じ名言でも人気や知名度には当然ながら差がございまして、この名言は「笑いに関する名言」の中ではやけに人気で、いま判明しているだけでも3冊の名言集に収録されています。しかし、どうしてこれが人気なのかよく分からないんです。そもそも人生をそのみっつだけで構成されているという点に無理があるように思える。

 皮肉の一種かな、とも思ったのですが、それでもむせび泣きよりすすり泣きを多く見積もった理由がよく分からないんです。ニュアンスの問題なんでしょうか。英語ペラペラの方ならば「そういうことね」と理解できるのでしょうか。

 「賢者の贈り物」はご存じの通り、非常に暖かな終わり方をします。上記名言は序盤に出てくるので、エンディングのフリに使われているのかもしれません。

ロマンチック・ラヴは皇帝・国王・軍人・芸術家の特権である。それは民主主義者・行商人・雑誌の常連詩人・アメリカの小説家にはお笑いだ。 
ジョージ・ジーン・ネーサン(1882-1958)、「批評家の聖書」

世界名言大辞典 新装版(明治書院、2018)より

 ウィキペディアによるとジョージ・ジーン・ネーサンはアメリカの雑誌編集者であり、演劇評論家とされています。演劇評論の功績が多く、ネーサンの名を冠した演劇評論賞があるほか、いくつもの名言を残したことでも知られているようです。だから、名言集にも彼の言葉が収録されているわけですね。

 しかし、この名言なんです。ネーサンは政治を絡めた名言をちょこちょこ残していて、上記の言葉もその類だとは思うんです。何かこう、皮肉のきいた例えなんだろうと推測もできます。でも、「ロマンチック・ラヴ」とその後に登場する方々との関係性が全然ピンとこない。私の知性が足りないのはもちろんなんですが、文化の違いもあるんじゃないかなと思わずにはいられません。

ジョン=ミルは言った。「専制は人々を冷笑者にする」と。だが、共和制は人々を沈黙者にすることを彼は知らなかった。
魯迅(1881-1936)、『而己集』より「小雑感」

世界名言大辞典 新装版(明治書院、2018)より

 魯迅は中国の小説家で「阿Q正伝」「狂人日記」など、なんかものすごいタイトルの作品で知られています。

 文中に登場する「ジョン=ミル」はジョン・スチュアート・ミルのことだと思われます。J・S・ミルなんて表記にまとまられることも多いこの有名人は、イギリスの哲学者であり、政治哲学の分野では自由主義・リバタリアニズム・社会民主主義などの考え方に大きな影響を与えています。他にも倫理学や論理学でも後世に強い影響を与えた人物として知られています。つまり、難しいことをあれこれ考えて名を残した方なんです。そんな方に「専制は人々を冷笑者にする」と言われても、私なんかはポカンとした顔で「あ、そうすか」と返事をしてミルをガッカリさせるのが関の山でしょう。

 しかし、魯迅はガッツリ反論してるわけです。「でもミルさん、共和制は人々を沈黙者にしますよ」と。私からしたら2度目のポカンを発動させるしかありません。「あ、そうなんすね」と答えて魯迅にため息をつかせるに違いない。

 専制は人々を冷笑者にし、共和制は沈黙者にする。何かの例えなんだろうなというところまでは何とか分かりますが、それがどういうことなのか。ミルと魯迅が直接議論するならばそれだけで互いに通じるのでしょうが、はたから眺めている私には結構長めの解説が要りそうです。

笑うことのできない人間は、反逆や掠奪に適さないのみか、その人間は、全生涯がすでに反逆と謀略である。 
トーマス・カーライル(1795-1881)、「衣装哲学」

世界名言大辞典 新装版(明治書院、2018)より

 トーマス・カーライルはイギリスの歴史家・評論家で、その功績によりイギリス文学史に名を残しています。日本でも明治以降、彼の著作が翻訳され、新渡戸稲造や内村鑑三、山路愛山などに影響を与えています。

 上記の名言が出てくる「衣装哲学」はコトバンクによりますと象徴論について書かれており、そのちょっと不思議なタイトルは「宇宙のあらゆる象徴、形式、制度はしょせん一時的衣装にすぎず、動かぬ本質はそのなかに隠れてある点を多面的に例証したもの」を表しているようです。要は難解な感じになってるのだと思います。

 だから、笑うことのできない人間が何なのか分からなくても仕方ない気がしてくるんです。ちょっと分かる気もするけど、分かったつもりになってるだけな気もする。これも長めの解説が要りそうです。できれば、イラスト付きでお願いしたいです。

 今回はいつもと違う趣向で名言をご紹介いたしました。「あの名言はこういう意味なんですよ」と教えてくださる方はもちろん歓迎です。

◆ 今回の名言が載っていた書籍

◆ その他の参考文献
ウィキペディア

◆ 過去の名言集



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