見出し画像

本当にある不思議な「著作権法」事件名④ 特殊表記編

 何の気なしに著作権法の本を読んで知ったのですが、どうも法律の世界では過去の裁判を「〇〇事件」みたいな名前で呼ぶ場合があるようです。いろんな法律の本を流し読みした印象だと、法律によって判決に名前をつける・つけないの差があり、著作権法は非常によくつける文化圏のようです。

 何しろ裁判の結果ですから、多くは普通の事件名なのですが、調べてみると変わった事件名もチラホラありまして、思わず集めてしまいました。そして、せっかく集めたので、こうやって載せてみた次第です。

 事件名は次の書籍に載っているものから選びました。事件の内容についても多くはこちらを参考にしています。旧版も混ざっていますが、ご容赦ください。

著作権判例百選 第5版、有斐閣、2016
著作権法詳説 第10版、勁草書房、2016
著作権法入門 第2版、有斐閣、2016
著作権法 第2版、有斐閣、2016
著作権法 第4版、民事法研究会、2019

 また、上記書籍以外にも、各事件を説明する上で参考にしたサイトは事件ごとに記してあります。

 ちなみに、私は法律の素人ですので、説明の正確性については保証できません。ここでは主に事件名を楽しんでいただき、法律の知識が必要の際は専門家や専門書をご活用くださればと存じます。

 集めた事件名がそれなりの数になったので、ジャンルごとに分けてみました。今回は表記が独特な事件名を選びました。

 それでは参ります。

会員制倶楽部あぽろン事件(東京地裁 昭和62年10月26日)

 「あぽろン事件」表記の文献もありましたが、いずれにしろ「ン」はカタカナで確定しています。
 なぜか事件について詳しく書かれた資料がネットにすらほとんどなく、詳細が不明です。ただ、「あぽろン」が会員制のクラブであり、何らかの形で音楽を流しており、それが無許可だったため裁判になったようです。
 この裁判の判決は、無断演奏によって音楽の著作権を侵害している場合、その損害額は日本音楽著作権協会の著作物使用料に基づいて出しており、以降の裁判でもこの判例がかなり有効になっているようです。


ふぃーるどわーく多摩事件(東京地裁 平成13年1月23日)

 原告著作のタイトルがそのまま事件名になっています。新選組について扱った内容から「新選組事件」という表記も見られます。しかし、ネットで「新選組事件」と検索すると本家の新選組が起こした事件ばかり引っかかってくるため、法律の事件を探すには不向きです。
 被告が原告の著作「ふぃーるどわーく多摩」に載っていた地図を無許可でそのまま書籍に掲載、裁判に発展した事件です。
 地図は果たして著作物なのか。この観点で争った裁判として知られています。結論としては、地図を作る上で使った素材やそれをどのように表現したかという点は創造性を認め、「△△駅から〇〇線で××分」のような誰が書いても同じような表現になってしまう部分は創造性を認めないなど、地図の中でも創造性のあるなしを細かくチェックする方法が採用されました。地図によっては著作物として認められる場合もあるが、文学や音楽などよりは認められづらい印象です。

参考サイト
知的所有権判例ニュース2002-1
https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/200201news.html
iplaw
https://iplaw.hatenadiary.org/entry/20010123/p1


ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。事件(東京地裁 平成27年4月28日)

 句読点でバチバチと区切られまくっている事件名です。小説のタイトルがそのまま事件名に採用されたため、このような感じになっています。
 該当小説のテレビドラマ化が進められていたものの、原作者が脚本の内容に納得できずドラマ化を白紙撤回してしまい、ドラマ制作はクランクイン当日に中止となりました。そこでドラマ制作側であるテレビ局が小説を出した出版社に損害賠償を求める裁判を起こしました。
 著作権法では本人の意に反して著作物を改変することを禁止できる「同一性保持権」という権利がありまして、本件でもその権利を認め、テレビ局側の主張が退けられました。もちろん、権利を好き勝手に使いまくれるわけじゃないのですが、よほど暴れないと権利の濫用とは認められないようです。

参考サイト
ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%80%81%E3%83%8F%E3%83%81%E3%80%81%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%80%81%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%80%82https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7%E4%BF%9D%E6%8C%81%E6%A8%A9
一般社団法人発明推進協会 知的財産権判決速報
https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/hyou/201603hyou.pdf


ラストメッセージin最終号事件(東京地裁 平成7年12月18日)

 「ラストメッセージ事件」という表記もありました。被告側の書籍のタイトルを事件名に用いたもので、「ラストメッセージin最終号」がタイトルの正確な表現となっています。
 「ラストメッセージin最終号」は休刊や廃刊になった雑誌が最終号にて読者へ向けて載せた最後の挨拶を集め、そのまま載せた書籍です。書籍を出版するにあたり、各雑誌の出版社に掲載の許可を得ようとしたところ、許可をくれた出版社があった一方で、許可をしなかったり、返答をしなかった出版社も結構ありました。しかし、被告側は不許可や未許可の雑誌までそのまま載せて書籍を出版したため、許可を出してない複数の出版社が書籍の販売をやめるよう裁判を起こしました。
 単なる挨拶文は誰が書いても同じような表現になるため創造性が認められにくく、本件でもそれを理由に著作権を否定されたものが存在します。ただし、ありふれた挨拶文に留まらない表現だったものに関しては創造性があると認定、著作権が認められ、結果として書籍の販売差し止めをすべしという判決になりました。

参考サイト
印刷会社のための知的財産
https://www.jfpi.or.jp/files/user/pdf/no15.pdf
虎ノ門特許事務所
https://www.chosakukenhou.jp/54precedents/54precedents16.html


XO醬男と杏仁女事件(東京地裁 平成16年5月31日)

 ちょっと特殊なタイトルの小説が訴えられたため、その小説のタイトルがそのまま事件名になりました。
 作品内にて登場人物が中国語の詩を読むシーンがあるのですが、その詩は実在する人物が書いたものであり、詩の作者側が著作権を侵害しているとして裁判を起こしました。
 詩には意訳の他に誤訳もあったようです。その辺りが著作者の意に反して改変することを禁止する「同一性保持権」を侵害していると認められました。

参考サイト
商号の抹消、変更に関する判例一覧
http://hirao-pat.in.coocan.jp/copyright/3hanrei_right.htm
2017年度JASRACシンポジウム
https://www.jasrac.or.jp/culture/symposium/pdf/2017_pdf001.pdf


日照権―あすの都市と太陽―事件(東京地裁 昭和53年6月21日)

 原告側の書籍名がそのまま用いられています。そのようなパターンの事件名はそれなりに存在しますが、「―(ダッシュ)」で囲った副題まで事件名になったパターンは極めて珍しいです。もちろん、副題のない「日照権事件」表記の資料もありましたけれども、本当に日照権で争った裁判だと誤解を招く危険が高くなってしまいます。副題まで事件名に採用したのは苦肉の策というやつでしょう。
 当然のことながら、原告の書籍は日照権について書かれています。しかし、別の出版社から日照権について書かれた、原告とかなり似た内容の書籍が発売されたため、裁判となりました。
 日照権問題のように、事実について書かれた文章は表現が似てしまいがちなため、創造性が認められにくく、内容が似てるからと言って著作権を侵害していると判断されるとは限りません。ですが、事実をもとにして書いた文章でも、表現によっては創造性が認められ、著作権が保護される場合もあります。本件もまた、表現に創造性が認められました。何より、被告側の書籍は細かな表現まで不自然なほど原告側の書籍と似ていたため、著作権を侵害していると判断されました。

参考サイト
裁判所
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/336/014336_hanrei.pdf
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/336/014336_option1.pdf


終わりに

 いかがでしたでしょうか。いろんな名前があったことと思います。著作権関連の事件名は、事件のもとになった作品などがそのまま使われやすいため、不思議な事件名がたくさん登場していると推測できます。

 なお、当然ですがそれぞれの事件は原告・被告及び裁判所の方々によって真剣に行われたものです。そのギャップもあってか、不思議な事件名はより一層、目を引く名前となり、また魅力のあるものとなっています。

 長々と紹介して参りましたが、皆様がお楽しみいただけたのならば幸いです。次回は誤解を招きそうな事件名をご紹介いたします。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

この記事が参加している募集

#名前の由来

7,891件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?