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避難訓練付コンサートで怒られない

 友人から「コンサートに行かないか」と誘われたんですが、「合間に避難訓練することになるけど」とよく分からない補足をしてきたんです。詳しく聞くと、いわゆる警察音楽隊のコンサートなのですが、救急安心センター事業の周知を目的としたイベントのようなんです。救急安心センター事業とは救急車を呼ぶべきか迷った時の受け皿として立ち上がった事業でございまして、「#7119」にかけると専門家が状況を把握し、救急車を呼ぶかどうか判断してくれるそうです。

 今から思えば、警察庁と消防庁の合同イベントだったのかもしれませんね。そして、消防庁が絡んでるならついでに避難訓練でもしてもらおうかと、そういうことなんだと思います多分。

 どうしてこんな複雑怪奇なコンサートに誘ってきたのか。私が友人に尋ねると、友人は「いや、なんか面白そうだったから」などと適当な返事をしてきます。面白そうなら、しょうがない。私はその避難訓練つきコンサートへ行くことにしました。

 私、避難訓練なんて学生時代以来です。一方の友人は今の職場でもそこそこやるようです。仕事や職場によって避難訓練の頻度に差があるのでしょう。社会人版避難訓練で何をやるのか全く知らない私は友人に訪ねました。

「職場の避難訓練って何やんの」
「学校の時と大体一緒だよ」
「いったん身の安全を確保してから建物の外に出るってやつ?」
「そうそう。まあ、俺は毎回怒られるけどな」

 どうして彼はよく分からない補足をしたがるんでしょうか。とりあえず、私たちは現地で待ち合わせてコンサートを鑑賞しました。当たり前ですが警察音楽隊の演奏は普通に上手で私も迫力ある音楽を楽しんでいたのですが、何しろ私はチキンでありますから常に避難訓練がチラつくんです。やがて、スピーカーから轟音が響き、身の安全を確保するようにアナウンスが流れます。大きな地震が起きたという設定のようです。私たちは指示通り客席で体を丸め、状況が落ち着くのを待ちました。

 とは言え、実際の地震と違って命の危険がないため、屈んでいる他にやることがないんです。どうしたもんかと思って隣の友人を見ると、なんとこんな状況で早くもウトウトしてるんです。よくこの短時間で寝られるなとかそういう問題じゃありません。避難訓練中にしっかり寝る人を私、初めて見ました。

 しばらくしますと、地震が落ち着いたため気をつけて建物の外へ避難するようアナウンスがありました。私は友人を起こすと、他の観客と共に非難を始めました。

 すると、なぜか友人は私にだけ聞こえる声で笑わせにかかるわけです。内容はもう、ここへ書くのもはばかられる、頭の悪いことばかりでした。私は必死に笑いをかみ殺しながら避難していたのですが、友人のせいで完全に気が散っていましたから歩くのがすっかり下手くそになってしまい、廊下をうまく曲がり切れず角で肩を強打して、逆に友人から笑われてしまいました。

 避難訓練は消防士の方の総評で終わることが多いですが、この時もそうでした。幸い、消防士の方は私たちの悪ふざけには気づかなかったため、怒られることはありませんでした。それから私たち観客は席に戻り、何事もなかったかのようにコンサートは再開されました。

 演奏される中、私の中でひとつの謎が解けていました。私は友人に耳打ちしました。
「お前、今までの避難訓練もそんな感じだったろ」
 友人は嬉しそうに笑みを浮かべました。
「いつもは周りがみんな知り合いだからもっと笑いが取れるんだけどな」
 消防士に怒られるわけです。
「お前、訓練でそんな笑わせてたら本番はどうすんだよ」
「その時は真面目に避難するに決まってんだろ。俺だって練習と本番の区別ぐらいつくよ」
 確かに友人はいざという時になれば真剣に取り組む、メリハリがちゃんとつけられる人でした。だから、こんなノリでもクビにならず、今まで一社会人として働いてこれているんです。

 ただ、今後も一緒に避難訓練するかどうかは一旦考えたく存じます。

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