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フリップ芸という多様性の難しい世界での多様性

 ピン芸人は伝統的にフリップボードを使うネタ、通称「フリップ芸」が広く愛用されています。「めくり芸」とも呼ばれているようです。

 フリップボードとは白い長方形の板であり、大体は文字や図表が書かれています。映像制作の現場でよく用いられており、かつてはテロップの代わりなどに使われていたそうです。つまり、映画や番組のタイトルやクレジットをフリップボードに書いて、それをカメラに映していた。フリップボードの多くは映像編集ソフトなどによるテロップに取って代わられてしまいましたが、安価で運びやすく、マシントラブルの心配もないためか、ピン芸人の間では、まだまだ現役です。

 ピン芸人が使う場合、イーゼルのようなもので固定し、次々にボードをめくっていくのが一般的です。また、フリップボードではなく、スケッチブックなど更に安価な紙を使う場合もしばしばあります。

 フリップ芸の便利な点は、めくるだけで説明ができるところでしょう。ピン芸人は当然、多くのことをひとりでこなさねばならず、漫才に比べて時間当たりの説明量が少なくなりがちです。ピン芸人はフリップで絵や文字を出すことにより、説明量を補えるわけです。

 一方で欠点もあります。例えば、フリップを使うことでネタの形がかなり固定されてしまいます。つまり、フリップをめくって文字や図表を見せながら説明する、という部分が他のフリップ芸とかぶってしまう。説明した通り、フリップは多くの芸人が使っていますので、ネタの面白さはもちろんのこと、他との差別化を図る必要が出てきます。

 フリップ芸の歴史は差別化の歴史と言えるかもしれません。実際に多くの芸人が自分だけの新しいフリップ芸を作ろうと心血を注いできました。その結果として、様々なフリップ芸が生まれました。

 まず、フリップそのものに手を加えるタイプです。昨年のR-1で活躍したZAZYさんのように複数のフリップを使う人もいれば、COWCOWの善しさんのようにフリップを繋げたり切り取ったりと工作で何とかする人もいます。

 イラストに力を入れるタイプもいます。鉄拳さんはそれが高じてイラストレーターとしても活躍していますし、ヤポンスキーこばやし画伯さんのように観客の前で書くという大道芸的な人もいらっしゃいます。

 フリップに何かを足す方々もいます。ヒライケンジさんのように、歌に合わせてめくる人がいれば、桜塚やっくんさんのように客いじりを合わせる人もいました。

 ネタそのものに力を入れる人ももちろんいます。王道の方法とも言えるでしょう。例えば、独特な切り口を武器にしたバカリズムさんのフリップ芸は彼の出世作となりました。また、粗品さんのように喋りのうまさを活用したフリップ芸もございます。

 中にはものすごくインパクトのあるフリップ芸をした変わり種もいます。個人的に印象深かったフリップ芸はふたつです。

 ひとつ目はウメさんの「紙コント」です。ウメさんは長らくSMAに所属していた女性ピン芸人ですが、昨年からはフリーで活躍しております。

 ウメさんの「紙コント」はフリップボードに書かれたイラストを見せながら、イラスト内に出てくる登場人物のセリフを喋る形式のフリップ芸です。地元の方言を織り交ぜつつ、独特な喋り方をしている点も特徴的ではあります。

 しかし、最も特徴的なのはネタの構成です。まず、最初から最後までフリップをめくり、ストーリーを終わらせる。すると、めくったフリップをスタートまで戻し、全く同じ絵のフリップをめくりながら全く違う話を始めるんです。他にもフリップをめくり終ったら、今度はめくったフリップを1枚ずつ戻しながら喋るという逆再生パターンがございます。フリップのネタとしては極めて珍しいパターンです。

 もうひとつは鳥居みゆきさんの「妄想紙芝居」です。鳥居みゆきさんのフリップ芸と言ったら、「赤ずきんちゃん」という、最初は普通の赤ずきんちゃんなんだけど、すぐに日本赤軍の人が出てきて「そっちの赤かよ」みたいな、どのメディアにも載せられないネタがありますけれども、私が紹介したいのはそのネタではありません。

 「妄想紙芝居」はフリップは全て真っ白なんですが、本人はあくまで「何かが書かれている体」でネタを披露します。たまに仕掛け絵本のような簡単なギミックを動かしますが、全部真っ白なので何が何だかよく分からない。更には、フリップ芸でありがちな、余分にめくってしまい、1枚戻すということもやってのけるなど、芸が細かい。こんなことをやられると、後続は少なくとも真っ白なフリップで何かをするというネタがやりづらくなったと言えます。

 最近はいいコンピュータやソフトが安く買える時代になり、芸人が自分でアニメやゲームを作って披露するネタも出てきました。それはそれで面白い流れだと思います。一方で、フリップ芸はまだまだピン芸人の主流であり続けています。更なる衝撃的なフリップネタを期待せずにはいられません。

 今回は以上になります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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