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自分で自分にマジック

 手品師は本当にすごいと思います。タネが分からないものはもちろんなんですが、タネが分かっていても不思議に見えるんです。なんでそんなことができるのかと。

 手品が不思議に見えるのは、卓越した技術はもちろんなんですけれども、人の心理を巧みに利用するからだと思っています。「まさかこんな時にそんなことをしないだろう」というところを突いたりする。

 人の盲点を突く部分は犯罪と相性がいいらしく、ミステリー小説などの創作では犯罪者が悪さをするのに手品の技術を活用したり、逆に犯罪者の手口を手品師が見抜いたりしています。実際に手品師がスリを実践してみる動画も探せばすぐに出てきますけれども、やっぱりタネが分かっててもすごいんです。

 こんなの、常日頃からぼんやりしている私のような人間なんか気づいた時には丸裸です。街中を歩く私が一瞬で全裸にされないのは、世の手品師に良心が備わっているからかもしれません。

 しかし、手品師に良心が備わっているだけで世に平穏が訪れるとは限りません。私がとあるお店での支払いを終え、駅に向かって歩いていた時のことです。改札口が見えてきたので、私は財布を取り出そうとしたんです。しかし、いつも財布を入れてあるポケットにないんです。「あれ、おかしいな」と思い、立ち止まってカバンの中を探し始めます。ない、ない。財布を探す手はますます早く動き、血の気は徐々に失せてきます。

 結局、財布はカバンの奥にある隠しポケットに入っていました。隠しポケットの入口はファスナーになっており、当たり前のようにキッチリ閉めてありました。どうやら、私は無意識のうちに財布を最も盗まれにくい場所へしまっていたようです。

 電車でスマートフォンをいじっていたのに、駅に降りたらどこにもなかった時もあります。車内に忘れたか、と一瞬だけ焦りましたが、コートの内ポケットにちゃんと入っていました。普段そんなところにしまわないので探し当てるのに少し時間がかかったんです。

 こんな地味に危ない癖、私だけかと思っていましたが、知人にもひとりそういう方がいました。ここでは飯田さんとしておきますけれども、飯田さんは切符とかチケットとか、名刺くらいの大きさの重要な紙を無意識のうちにどこかへしまってしまう癖があるようです。

 旅行の時は行きの東京駅で新幹線のチケットを早くも紛失し、改札の向こうで友人を待たせながら飯田さんはカバンの中を必死で探したんですが、どこにもありません。ポーチの中とか手帳の間とか、細かいところまで調べた結果、新幹線で遊ぼうと思っていたトランプの中に入っていたそうです。飯田さんも友人も行きの段階から力が抜けたとのこと。

 自分のあずかり知らないうちに、自ら変な場所にものをしまってしまう。当然、あとで気づいて焦るのは自分です。はたから見るとただの不注意さんですけれども、不注意してる側としては気づいたらもう綺麗に消えてるんです。そして、思わぬところから出てくる。

 これはもう、自分で自分に手品をかけているようなものです。それくらい鮮やかにどこかへやってしまう。本当に毎回毎回、悪い意味で自分の実力に驚かされるばかりです。

 そのうち、自分でも知らないうちにワキからハトとか出すようになるかもしれません。

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