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局所的に具体的なたたり

 書籍は早いものだと1~2年で売り切ってしまい、中古でしか手に入らなくなったりする一方で、やたらと息が長い本もあるわけです。いわゆる古典と呼ばれる作品の他に専門書でもその傾向が見られます。

 特に専門書の場合は時代に合わせて内容をちょっとずつ変える「改訂」というものがあります。ただでさえ寿命が長い専門書なのに、時代に合わせられたら何だかもう時代を超えて受け継がれる伝統芸能みたいです。とにかく、そうなれば数十年もの長きにわたって書店に並ぶことになるわけです。

 書店で何となく「日本の湖沼」という本を買いました。

 現在、出版されている本は第6版です。つまり、6回の改訂を経ているという意味でしょう。それでも発売は1992年と軽く30年前です。これで古本じゃないんです。6回の改訂を経て1992年前ならば初版は一体何年に発売されたんだと思って調べると、1963年です。今から59年前の昭和38年ですか。ウィキペディアで調べたら、鉄腕アトムのアニメが初めて放送されたとか、NHKで大河ドラマが始まったとか、日本初の横断歩道橋が設置とか、無茶苦茶なことばかり書いてあります。

 そもそも著者が昭和7年生まれなんです。文字通り桁が違います。この時代の人は祖父母や曾祖父母が明治以前の生まれだったりするわけです。つまり、ちょっとさかのぼれば幕末という感覚のようで、本文にもそんな感じの記述がチラっと見られました。私が太平洋戦争を想うようなノリなんでしょう。すげえな昭和7年。生きていれば90歳のようですが、残念ながら1994年に亡くなられているようです。

 他にも気になる記述がありました。科学者は当然、科学でいろんなものを分析するんですが、そこは人間なんで迷信の類を信じる方が珍しくないわけです。幽霊はいるんじゃないかと密かに思う物理学者とか、スピリチュアルなものが好きな生物学者とか、まあ適当に書きましたが、探せば意外といらっしゃるんです。

 「日本の湖沼」に書かれていたのは、湖のたたりの話でした。しかし、そこは専門書です。単なる怪談話ではありません。

 湖のまつわる伝説は多いですが、某所にある湖もまた伝説がありました。何でも、その湖の成分を分析すると、湖の神様にたたられるという。何なら、実際に分析した学者が別の湖の調査をしている際に溺れて亡くなったとのことです。

 水の成分を分析してはいけない。そんな学者向けのたたりがあるなんて初めて知りました。湖にゴミを捨てるとか、周囲で騒ぐとかだったらまだ分かるんですが、そんなごく一部の人しかやらないような行動にピンポイントでターゲットを絞るなんて。私は泥酔してたってそんなことする気にならないので安心ですが、湖の研究をしてる人だけは心底ビビる話でしょう。だからこそ、この本の著者もつい書いてしまったのかもしれない。

 ひょっとすると、お笑い好きの人だけが食らう呪いとか、ハンドボール選手だけが経験する怪談とか、舌が鼻につく人だけが巻き込まれる都市伝説とかも、探せばあるのかもしれません。世界は深いです。

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