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よりによって前輪後輪ハンバーガー

 人生には「よりによって」ということがございます。一番失敗してはいけないタイミングで失敗したりする。たまたまそういうことばかりよく覚えているのか、それとも「よりによって」という失敗は他の失敗より多いのかしりませんが、とにかく「よりによって」ということが世の中は起きるんです。

 例えば、私の知人も「よりによって」をやらかしたひとりです。ここでは吉木君としておきますけれども、彼とは小学校から高校まで一緒でございました。だから、特に大きな接点がなくても、吉木君の不思議なところは何となく知っていました。

 吉木君はいつも割とニコニコしていて、ネガティブなことや人の悪口を言わない子でした。頑張ってそうしているというよりは、自然にそうなっている感じなんです。それくらいの天真爛漫さが吉木君にはありました。言うなれば、ちょっと早口のティモンディ高岸さんみたいな感じです。

 私が吉木君を最初に見たのは小学校1年生の頃、登校中に学校の花壇に植えてある花に挨拶をしているところでした。「マリーゴールドさん、おはよう」「サルビアさん、おはよう」と笑顔で挨拶しているんです。それを見た先生はいたく感動してしまい、「お花にも挨拶をしましょう」という謎のキャンペーンが先生主導で始まったんです。吉木君と真逆の、斜に構えるタイプの少年たちは全員、苦虫を噛み潰したような顔をしていました。

 中学生になると吉木君は柔道部に入りました。この柔道部というのが、ものすごく怖い生活指導の先生が顧問をやっておりまして、時々フラッとやってきては「お前らは俺のストレス解消のためにいるんだよ」と叫びながら生徒を投げまくって去っていっても何の問題にもならないという、昔の教育の悪いところを取り揃えたような環境でございました。

 しかし、吉木君が入ると風向きが変わりました。生活指導の先生が吉木君を何度投げても、吉木君はハキハキした姿勢で「先生、もう一度お願いします」と申し出てくるんです。しまいには先生が休憩と称して職員室に逃げ帰ってしまう有様で、以降は別の所にストレス解消を求めたのか、先生は顧問として少しはまともに柔道を教えるようになったそうです。

 吉木君は高校でも柔道をやるのかと思ったら、なぜか演劇部に入りました。私が通っていた高校は市街地から遠く離れた僻地にある、大した特徴もない高校で、演劇部に至っては幽霊部員ばかりで活動らしいことを何もしていませんでした。しかし、吉木君が入った途端、雰囲気が一変します。その年の学園祭では演劇部の催し物が昨年の5倍もの観客を集め、吉木君が3年生になる頃にはコンクールで賞を取るまでになったんです。

 そんな高校生活のある日、私の学年が体育館に呼ばれました。我が校の卒業生という保険会社の社長さんを招いて、交通事故についての話をするんだそうです。私の高校は僻地にあるためか、多くの生徒にとって自転車よりバスで行った方が時間がかかるという、謎な立地でございました。だから、生徒の大半が自転車通学だったんです。当然、ちょこちょこ登下校中での事故が起きておりまして、過去には死亡事故もあった。そのため、毎年、交通事故についての話をして、生徒の気を引き締めているんだそうです。

 敢えてだとは思いますが、社長さんから重大な事故の話をいくつも聞かされまして、私としても自転車に乗りながら並走する友人とふざけてキックしあうのをやめたほうがいいなあと思った次第です。そんな決心が功を奏してか、その日も無事に帰宅した私でございますが、次の日に学校へ行くと生徒たちは「吉木君が事故った」という話題で持ちきりでした。

 どうも、社長さんのありがたいお話を聞いた数時間後、自転車で下校しようとしていた吉木君は、あろうことか高校の正門前でトラックにひかれたとのこと。吉木君は無傷でしたが、自転車は使い物にならなくなったようです。まさに「よりによって」のタイミングです。

 ちょうどその日、たまたま吉木君に会ったんです。吉木君は九死に一生を得たとは思えないくらい、いつも通りの笑顔で事故について話してくれました。

「受け身を取ったお陰で怪我ひとつなかったんだ。柔道やっててよかったよ」
「自転車はグチャグチャって聞いたけど」
「そうなんだよ。前輪と後輪が重なってハンバーガーみたいになったんだ」

 天真爛漫な笑顔と会話の内容が一致していませんし、「前輪と後輪が重なってハンバーガー」という状態は分かるようで分かりません。「交通事故の話を聞いた直後に事故っちゃったからなあ」と頭をかきながら満面の笑みで語る吉木君でございました。

 今でも演劇を見ると、吉木君のあの「前輪と後輪が重なってハンバーガー」という不可思議な例えを思い出します。自分でもどうかしていると思います。

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