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大自然が前の家をそこまで再現する

 普段歩いている道はいつまでも同じ景色ではありません。見慣れた家がいきなり解体されて更地になり、資材が運び込まれたかと思いきや、あれよあれよという間に新しい家が建ったりする。建ってしまえばどんな建築物でも「え?10年くらい前からここにいますけど?」みたいな感じで鎮座し続けるわけです。そうして、気づけば新築の家もいつもの景色に溶け込んでしまう。変化自体は起きたはずなのに。

 駅までの道のりに建つ家もまた解体されたんです。外から見る限りはあと10年は住めそうな感じだったんですが、とにかく気づけば更地になっておりました。その家は坂道の途中にある3階建ての家で、家の脇にはそこそこ大きな木が生えてたんですが、それも全てなくなってしまった。

 家が更地になって初めて「あれ、ここ何が建ってたっけ」となることが多い中で、どうしてその家の外観をよく覚えていたかと申しますと、その家の木の枝が結構な感じで道路に飛び出ておりまして、私のような一般的成人男性の背丈の人間が道を歩くと枝がパシッと頭に当たるからなんです。一応は定期的に枝を切っているらしく、苦情を言いたくなるような伸び方にはなっていない。でも、やっぱり成人男性だと頭に当たるんで、特にイラっともせずに少しだけ車道側に避ける習慣が勝手に身につくという、絶妙な枝加減になっていました。その木が家ごとなくなってしまった。

 別に寂しさはありません。ちょっと歩きやすくなったくらいです。その歩きやすくなったというのも誤差の範囲内で、木があろうがなかろうが、それまでと変わりない様子で駅と家とを往復していました。

 更地にはすぐに新しい家が建てられました。しかし、その家が前の家とそっくりなんです。外壁の色が違うくらいで、車庫も玄関も窓の位置も大体一緒でした。その場所に建てる家としてはその形が理想だとでも言うんでしょうか。もしくは同じ人が住むことになってて、できるだけ同じ形にしたいと希望したのでしょうか。よく分かりませんが、とにかく同じような家が建ちました。

 ただし、道路脇の木だけはありませんでした。植えようと思えば植えられたでしょうに、どういうわけか植えなかった。もちろん、そばを歩く側の人間としては、なければないで別に構いません。というわけで、全然気にせず毎日そばを歩いていました。

 しかし、その家が建って初めての夏を迎えた時です。朝、いつものように駅への道を歩いていますと、頭にパシッと細いものが当たる懐かしい感覚が。場所もちょうど例の家、しかも例の枝が飛び出ていた場所です。見上げるとそこにはちょっとした木のような雑草が元気よく生えていて、茎や葉っぱが道路側に飛び出していました。

 つまり、そこにあった木を雑草が勝手に再現を始めたわけです。どういう大自然の気の利かせ方でしょうか。そんな再現、通行人はもちろん、きっと家主も望んでいないはずです。

 とりあえず、その家の雑草が今後どうなるのか見守りながら出勤するようになりました。

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