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いつも遅刻できるわけじゃない

 なぜかいつも遅刻する人っていませんか。中学時代の同級生、ここでは重森君としておきますけれども、彼は毎日遅刻をする人でした。「毎日のように」じゃないんです。本当に毎日律儀に遅刻していました。

 重森君は別に不良だったわけでなく、むしろ勉強はできるほうで授業態度は真面目でした。短距離走はクラスでトップを競うほどであり、まさに文武両道、とてもちゃんとしている人なんです。でも、遅刻だけはいつもする。

 晴れの日も雨の日も同じくらい遅れてくるんで、家を出る時間帯がそもそもおかしいのでしょう。あまりに毎日ちゃんと遅刻してくるんで、本人に理由を聞いたことがあります。重森君が言うには、夜中まで勉強して、そこからゲームに熱中して、寝て起きるといつも絶対間に合わない時刻になってるんだそうです。

 この人はバカなんじゃなかろうか、と思いそうになりましたが、重森君はテストでは理系科目を中心に化け物みたいな点数を取っていたので、とてもバカにする気にはなれませんでした。多分、時間を把握する能力だけが脳から抜け落ちてるんだと思います。

 しかし、どんな几帳面な人間でも毎日同じ行動ができるわけではありません。長く続けていると、偶然が重なって思わぬ行動をしてしまう場合がございます。それは重森君も同じでした。

 ある日のことです。重森君としてはいつものように夜中まで勉強して、そこからゲームに熱中し、ようやく就寝したのは未明という有様でした。ですが、何の体調の急変か、その日だけはちゃんと遅刻せず済む時刻に起きました。起きたらまず焦る癖がついていた重森君も最初は戸惑ったようですが、せっかく起きられたのだからそのまま学校に行くことにしたそうです。

 いつもなら心臓バクバクさせながら全力で自転車をこいで学校へ向かっていた重森君でしたが、その日だけは非常に落ち着いた気分で悠々と学校へ自転車を走らせていたそうです。朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みながらいつもの通学路を進んでおりますと、チラホラと同じ学校の生徒の姿が。遅刻確定で学校へ向かっている時には決して見られない光景です。重森君が妙な感動をしていると、自転車をこぐ近所の友人を発見しました。

 「よう、おはよ」と重森君はいつものように挨拶をしたつもりでしたが、友人は重森君の姿を見るや否や血相を変え、挨拶をせずに学校へ向かって猛ダッシュし始めました。次に会った友人も概ね同じ反応でしたし、何なら重森君が知らない子も遠くから重森君を目撃しただけで逃げるように学校へ向かって自転車を爆走させたそうです。そうなんです。重森君はあまりにも毎日しっかり遅刻を積み重ねていたため、彼が激烈な遅刻魔であることは学校中に知れ渡っていたんです。そんな重森君が奇跡的に通常の時間帯に登校してきたもんだから、遅刻なんて一度もしたことのない子たちはみんな恐怖におののいたんです。「やべえ、重森君がいる。もうそんな時間かよ」と。

 普段、遅刻しかしない子がちゃんとした時刻に登校したってのに、そのせいで他の学生を混乱に陥れる。なんかオオカミ少年みたいな、古来より伝わる教訓寓話のひとつにも思えますが、数十年前の中学校で実際にあった出来事です。ちなみに、重森君はその次の日からは再びちゃんと遅刻する日々に戻りましたし、何なら高校でも大学でも遅刻しまくったそうです。内定式も入社式も、その後の勤務でもちゃんと遅刻を重ねたとか。社会人としてはどうかと思いますが、旧友としてはついつい「やっぱり重森君はこうでないと」と思ってしまいます。

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