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パンダと悪霊

 以前に篠田君という名前で登場させた友人がいます。彼の特徴は異常なジャイアントパンダ愛でございまして、冷たい雨の日、彼に上野公園を引きずり回された話を書いたかと存じます。

 篠田君に引きずり回されたのは何も上野公園だけではございません。ある日、ジャイアントパンダと何の関係もない用事で篠田君と会っていたんですけれども、都心を歩いていますと図書館が目に入ったんです。都心の図書館なんてこんな機会でもなければ立ち寄れませんから、ちょっと中を覗いてみることにしました。

 そこは都心でも結構大きな図書館で、書籍はもちろん、設備も充実しておりました。中でも、ビデオやDVDなどの映像作品と、その鑑賞用スペースがかなり整っていて、私たちは地元の図書館と比べて大いに羨ましがっておりました。

 その時、篠田君がとあるビデオテープを持ってきました。目を輝かせている時点で嫌な予感いたしましたが案の定、パッケージにはジャイアントパンダの姿が載っているではありませんか。しかも実写で。

 篠田君にせがまれ、渋々ビデオを見ることになったのですが、ビデオデッキを見ると「視聴には図書館のカードが必要」との文字が。受付に行ってカードを作ろうとするも、たまたまカードを作れる条件を満たしていたのは私だけでした。ジャイアントパンダのビデオを抱きかかえた篠田君は私に懇願し始めました。

「カード作ってよ」
「それを見るためだけにか?」
「いいじゃん、カネがかかるわけじゃなし」

 結局、私は向こう数十年は立ち寄らないであろう図書館のカードを作り、ジャイアントパンダの視聴室で映像を見ることになりました。ビデオは明らかに子供用で、やけに可愛らしい声の女性がパンダの可愛さを強調させるようなセリフをひねり出しています。こんなもんのどこが楽しいんだと思いながら隣にいる篠田君の様子を確認すると、なんとウトウトしているではありませんか。

「おい、篠田君。パンダだぞ」
「うん、パンダパンダ……」

 篠田君は大人とは思えないセリフを口ずさんだまま、目を開けようとはしません。結局、篠田君が目覚めたのはビデオが終わってからでございまして、タダとは言え何のためにカードを作ったのか分からなくなりました。

 話は急に変わりますけれども、実家に住んでいた頃、父方の祖母とも一緒に住んでいました。祖母はあまりテレビを見ない人なのですが、唯一、例外として怖いものは見まくっていました。映画でもドラマでもバラエティでも、ホラーならば何でもいいという雑食具合です。テレビの向こうが恐怖に渦巻いていれば、例え夜中でも私が「怖いのやってるよ」と声をかけるとベッドから飛び起きる。それくらいには好きのようです。

 ただし、見ているうちに祖母の身体に変化が訪れます。最初は座椅子で姿勢よくホラーを見ていた祖母でしたが、やがて頭がコクリコクリと上下に動くんです。まさかと思って祖母を見ると、すっかりウトウトしているではありませんか。テレビではちょうど残酷描写があふれ返る阿鼻叫喚の真っ最中なんですけれども、「ねえ、いま怖いのやってるよ」と祖母の身体を揺すっても「うん、うん」とのん気な返事をするだけで眠りから覚めようとしません。

 篠田君とか私の祖母とか、好きなものを見れた途端にどうしてそう眠くなるのか。長い間、私の中では謎と申しますか、理解できない現象だったんですけれども、最近になって何となく分かるようになりました。篠田君も私の祖母も、日々好きなものを求めるがあまり緊張状態となっていて、いざ好きなものが見られると安心感で眠くなってくるに間違いないんです。パンダや悪霊を目の前にしてウトウトできるのには、そんな理由があったんです。そんなもんで安心するのもおかしな話かもしれませんが、それが私の中で最も腑に落ちる仮説なんです。

 きっと、他のパターンを持っている人だっていると思うんです。日々ステーキを食べたくて仕方がない人間だから、いざステーキを目の前にすると眠くなる人とか。

 よく分からない結論に達していますが、訂正する気は全くございません。

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