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世間は私より脂肪を賢く使っている

 私はどちらかと言うと痩せ型ですが、学生時代はなぜかそれだけで目の敵にされていました。同じクラスの女子が「そんなに細いのはズルい」と言うんです。「別に自分は細いとは思っていない」「普通に生活していれば普通はこうなる」「むしろ太りたくても太れない」というのが私の偽らざる気持ちなんですが、例え事実だったとしてもそれを素直に言うと痩せた身体にヒビを入れられかねないので、「ズルいと言われても………」と困惑するのが精一杯でした。クラスの男女数人で服を買いに行った時、間違えて女性もののスキニージーンズを女子の前で楽々はいてしまい、彼女らの恨みの熱視線で命を取られかけたこともあります。ジーンズだけでも起きる事件は起きる。以来、私は教訓として身体の髄まで叩き込んでおります。

 さて、「痩せてるのはズルい」系の因縁をつけてくる女性の5人にひとりくらいの割合で、こんなことを言ってくる方がいらっしゃいました。「私の脂肪をあげるよ」。

 私としてはもっとあったほうがいいと思っていましたから、「いいよ、すぐ燃焼できるだろうけど」なんて口を滑らせたところ、かなり重量感のある拳が私のそばで空を切りました。幸い私の身体は無傷でございましたけれども、こうも簡単にグーを出してくる女子がいるのだと痛感させられる出来事です。

 自分の無事を確認しながら、当時の私は思いました。「これはいい商売になるかもしれないな」と。世の中には脂肪を分け与えたいほど保持している方がいらっしゃるのに対し、こちらは保持したくてもできない身の上です。貰えるならば貰って燃焼してしまえば、分け与えたい人は大喜びでしょう。金銭を払ってでも分け与えてくるに違いない。そうすれば、私としては脂肪の維持には失敗しても、手元に金銭は残る。

 最大のネックは脂肪を人から人へ移し変える技術です。当時の私にとってそれは未来のテクノロジーが必須の難題だと思っていました。ただし、技術さえ開発されてしまえば私のビジネスはスタートしたも同然です。人々が持て余した脂肪をかき集めては、片っ端から燃焼させてお金を稼ぐわけです。

 そんな未来を思い描いていた私の前に、突如として現れたのは美容整形外科のCMでした。そこには「脂肪吸引〇〇〇〇円」という単語が。気になって調べてみると、人から脂肪を吸い取る技術はもう確立されており、実用化はもちろん、商売にもなっているではありませんか。

 「あとは人に脂肪を入れる技術だけだ」と一瞬だけ思ったんですが、別にそんな技術は必要ないんです。吸い取った脂肪は適切な方法で処分してしまえば、医者は儲かるし患者はスッキリした身体になれるわけです。別に私がわざわざ他人の脂肪を取り込んで一生懸命に燃やす必要はない。

 世間の方々は私が思ったよりも賢いと申しますか、私の知能がいかに平均を下回っているかを痛感することとなりました。それから年齢を重ね、私は学校を卒業して働くようになりますと、いつの間にか「痩せてるのはズルい」と言ってくる人はいなくなりました。どうも大人になると、他人の身体に対して興味が薄くなるようです。

 ただ痩せているだけであれこれ言われなくなって私としては非常に助かります。もっと年齢を重ねればみんなもっと他人の身体に興味がなくなり、目が5つくらいあってもスルーされるようになるのかもしれません。頑張って長生きしたいと思います。

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