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朗読鼻血

 なんか怖い絵本ってずっとありますよね。子供にはよくないからと表現がソフトになってゆく絵本が多い中、何だか知りませんけどひたすら怖い話を絵本にぶち込む、我が道を貫くタイプの方々がいらっしゃいます。そして、きっと今もトイレに行けなくなる子供を生み出してるんだと思います。

 何でなくならないかって、そりゃあ怖いけど同時に興味があるからだと思うんです。お化けとか妖怪とか、そういう正体不明のものは恐怖もありますが、何なんだろうという気にもなるものです。だから、恐怖で心臓をキュッとさせながらも、ついつい怪談に耳を傾けてしまうんだと思います。

 だからなんでしょうけど、怖い絵本は昔から存在しています。私が子供の頃には「なおみ」という本がなぜかクラスの本棚に差さっていました。作者は現代詩人のビックネームこと谷川俊太郎さんです。

 本の内容は少女と日本人形「なおみ」のお話です。絵ではなくて写真なので少女役の子はもちろん人間、そしてなおみは少女と同じくらいの大きさの日本人形なんです。もちろん、顔面は不自然なほど真っ白で、あの日本人形にありがちな細い目もしっかり備わっています。要は怪談の小道具にピッタリな、あの不気味な日本人形そのものがなおみなんです。

 絵本なので話は短いんですが、その中でなおみが病気で死ぬんです。死んだ場面ではしっかり棺に納められている。もともと人形ですから精気の感じられない目で不気味なんですが、死んだと言われると子供にはなおのこと怖いんです。大人になってから詳しい人に聞いたところ、「なおみ」という作品はなおみとの関係性を通して少女の成長を描いた作品だそうで、なおみの死によって少女はなおみから離れ、一歩大人に近づくことを表しているんだそうです。それが本当かどうかは分かりませんが、いずれにしろ私のようなアホな子供にそんな深いことが分かるわけがありません。「なおみ死んだ、怖い」という、作者の意図よりもだいぶ手前で思考停止し、恐怖でトイレに行けない身体にされてしまって終わりなんです。

 さて、怖い話は恐怖と同時に興味を与えることは先ほど述べました。当時も「なおみ」に興味を持った子がいました。ここでは松岡君としておきますけれども、彼はスポーツ万能で勉強もできる、明るくて要領もいい、クラスのリーダー的存在でした。そんな松岡君が「なおみ」を開くと、周囲の子たちが恐怖で後ずさりました。どうもこれが松岡君的には気持ちがよかったようです。どういう流れでそうなったのかは分かりませんが、とにかく松岡君は友達数人と一緒に、いろんな子の机に座って「なおみ」を朗読するという行為に及びました。もちろん、怪談を話す時のようなトーンです。最後まで読み終えると、他の子の机に行ってまた最後まで読み上げる。挙句の果てに松岡君は「是非とも自分の机で朗読してほしい」という子を募集するまでに至りました。何人かの子が募集に応じ、私もまた手を挙げたひとりでしたが、自分の順番が近づいてくるにつれて怖くなり、寸前で「やっぱいいや」と言ってしまいました。これがチキンオブチキンの実力です。

 松岡君はそんな私を馬鹿にすることなく、様々な子の机に行って「なおみ」の全文を読み上げていました。すると突然、松岡君の周辺が騒がしくなりました。度重なる「なおみ」の朗読がどう作用したのかは分かりませんが、松岡君は突然、鼻血を出し始めたんです。

 何しろやってきた行為が行為ですから、教室は軽いパニックになりまして、血相を変えた数人の生徒が職員室から先生を引っ張り出し、事の収拾を図りました。とりあえず、松岡君の鼻血は無事に止まりましたが、「なおみ」は先生によって没収となり、平穏の日々が戻りました。

 当時は「なおみはマジの呪われた人形で、松岡君はその呪いにやられたんだ」という噂が一瞬だけ出ては消えてゆきました。私はビビりながらも「さすがにそんなわけない」と思っていましたが、大人になって思い返してみると、改めて「そんなわけない」と思います。ただ、怖い絵本を朗読しすぎると鼻血が出るという生理現象だけは未だによく分かりません。とりあえず、怖い話を嬉々として朗読し始めた子がいたら、ちょっと気をつけた方がいいとは思います。

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