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テストの直前に復習をしてはいけない

 学生時代、頭はいいんだけどなんか変わってる人がクラスにいませんでしたか。私にはいました。仮に一ノ瀬君としておきますけれども、彼は特に勉強している風ではなく、何なら私を含めた悪友どもと頭の悪い会話やら踊りやらをしまくっていたのに、いざテストを受けるといつもトップクラスの成績を叩きだすんです。一ノ瀬君が言うには「授業を受ければあれくらい頭に入る」とのことで、不平等もここまでくると笑ってしまいます。

 そんな一ノ瀬君ですから、テスト直前に最後の復習をしている私に変なことばかり言って笑わせてくるんです。「どうせ直前でやったって1点くらいしか変わらねえよ」というのが彼の主張で、こいつ本当に頭よかったっけ、と疑問に思うような話ばっかりしてきます。終いには私も諦めて、前日まで一生懸命勉強して、本番当日は一ノ瀬君と一緒に不思議な踊りをするようにしました。何の間違いか、私はそんなことしてから成績が上がっていったので、ある意味、一ノ瀬君には感謝しています。人としての尊厳は大いに失われた気がしますが。

 さて、何度か書いた通り、一ノ瀬君はクラスでも頭のいい人間でした。当然、クラスのみんなもそれを知っている。だから、毎回のように彼へ「あの答えって何だったっけ」と聞く人が後を絶ちませんでした。しかし、一ノ瀬君の性格上、素直に教えたことはありません。「知らん」と冷たくあしらったり、軽く笑わせてお茶を濁したりしていました。それでも、一ノ瀬君に最後の望みを託す人が後を絶ちませんでした。人って不思議ですね。

 その日は英語の期末テストでした。当然、わらをも掴む想いで一ノ瀬君に質問する人がいました。「これ、なんて意味?」と一ノ瀬君に英単語を見せ、それをパッと見た彼はこう答えました。

「ああ、これは『ガンドヒヒ』だよ、『ガンドヒヒ』」
「ガンドヒヒ?」
「そうだよ。ヒヒの一種だ」

 明らかにおかしな発言をしてるんですが、私は一ノ瀬君発の珍発言に慣れきっていましたから、その時は特に何とも思いませんでした。しかし、テストを受けている最中になって、私はようやく疑問に思いました。「ヒヒなんて出てきたっけ」と。そもそも野生のヒヒはほとんどアフリカにしか住んでないのに、テストに出てくるのはインドの話ばっかりなんです。特に動物園の話も出てこない。もちろん、ヒヒは皆無です。

 テストが終わったあとで、私はたまらず一ノ瀬君に尋ねました。

「ヒヒなんて出てきたか?」
「何が」
「鈴木君に何とかヒヒとか言ってたじゃん」
「ああ、ガンドヒヒね。これだよこれ」

 一ノ瀬君が指さした単語は「Gandhi」でした。私は思わず「ガンジーやんけ」とツッコみましたが、見れば見るほど「ガンドヒヒ」に読めてくるのが腹立たしい。何だよ、ガンドヒヒって。せめてガンドヒだろ。

「ひでえな、一ノ瀬。嘘じゃん」
「勉強しないほうが悪い」

 ぐうの音も出ない正論に思わず笑ってしまいました。

 英語の先生が採点する時、インド独立の父の名が一切出てこず、代わりに架空のヒヒの名前が出まくってる鈴木君の答案を見てどう思ったのか、それだけが今でも気になっています。

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