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アカデミックな世界に混乱を巻き起こすもの

 化学は基本「かがく」と読みますが、「ばけがく」と読む場合もございます。理由は単純明快で、科学と混同されるからです。そのため、「ばけがく」は科学も化学もよく使うところで話される印象です。具体的には自然科学系の知識を扱うところ、例えば自然科学系の研究機関やその手の専門書を扱う出版関係などが挙げられます。

 化学が科学に「かがく」を譲る場面は見ますけれども、逆に科学が「化学さん、どうぞ」となっているところは見たことがありません。理由は「科学」という言葉のあまりのメジャーさにある思います。そりゃあ、化学だって学問の中ではメジャーであり、かなり広くて深い世界ではございますけれども、科学では相手が悪い。科学は圧倒的にメジャーな言葉ですし、意味の範囲は化学よりも遥かに広い。使われる頻度も段違いでしょう。

 もうひとつ、「訓読み」という理由もあると思います。科学も化学も「かがく」の「か」は音読みです。「ばけがく」は「化」を訓読みすることで「かがく」と差をつけているわけなんですが、では「科」は訓読みするとどうなるのでしょうか。

 結論から申しますと、「科」の訓読みは「とが」「しな」「 しぐさ」です。

 「しぐさ」は文字通り仕草です。「しな」は品性や振舞いを指しまして、こちらも「しぐさ」寄りの意味です。「とが」は罪やあやまちを指すようです。

 つまり、科学を「しながく」と呼んでもいまいちピンと来ませんし、「とががく」に至っては意味が変わってしまいます。刑法というか、量刑を研究する学問みたいに聞こえる。

 一方の「ばけがく」は物体Aを物体Bに変化させる化学のイメージに近く、また誰でも正しい意味を連想しやすい言葉に仕上がっています。言い換えれば、言葉としての使い勝手がよかった。これが「ばけがく」の流通に一役買ったと言えましょう。

 とは言え、同じ化学でも「ばけがく」は「かがく」に比べて聞き慣れないせいか、違う意味に聞こえがちではあると思うんです。私が初めて「ばけがく」と聞いた時は、「幽霊とか妖怪とかを研究する人に聞こえそうな言葉だな」と思いました。「お化けの学問」に勘違いできそうだと考えたんですね。何なら、そういう方々が「うちらのほうが『ばけがく』じゃないっすか」と化学業界に殴り込みをかけてもおかしくないとさえ思っていました。

 しかし、私の妄想とは裏腹に、幽霊や妖怪の研究をしている人が「ばけがく」と呼ばれることはおろか、自身をそう呼ぶところさえ見聞きしたことはございません。大体、その手の研究をされている方は、学問の側面が強めな方は「妖怪研究家」みたいな肩書を名乗っていますし、「幽霊は絶対いるって、俺見たし」みたいなスタンスが強めな方は「超常現象研究家」みたいな肩書になっています。

 もっとアカデミックな方面、例えば大学や研究所に所属しているような方ですと、民俗学者とか文化人類学者とか、あとは歴史学者と呼ばれるがそういう研究をしている場合が多いようです。いずれにしろ、化学者を名乗る気配はない。文化人類学者が「文」と「人類」を脱ぎ捨てる兆しはありません。

 なぜ同じ名称を名乗らないのか。この理由も単純明快、揉めるからですね。それに「ばけがく」にふたつの意味が出たらややこしさも倍増です。だったら、違う名前のままいようとするのは自然な考えです。

 そう言えば、「初学者」という言葉があるんです。いわゆる学び始めの人を指す言葉ですね。でも、この「初学者」という字を見るといつも思うんです。「何かの学問みたいだな」と。

 例えば、この広くて深い世の中には初物について研究している学者がどこかにいるはずです。もしくは初日の出をひたすら研究する人とか、初心者ばかり調べ回っている人とかがいると思うんです。そんな方々ならば初学者と呼んで差し支えないと思うんです。初学者に「初」の専門家としての意味が備わることになるわけです。

 そんなことをして何になるのか。ここまで読んだ方は、私が学問をややこしくしようと企む愉快犯に思われるかもしれませんが、たぶん違います。

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