見出し画像

東京のほうが野生の王国

 私は田舎の出身なんです。とは言っても、ネタになるような田舎ではありません。隣の家まで2キロとか、近隣住民は人より熊が多いとか、管理されなさすぎて集落が自然に還ろうとしているとか、そんな感じではないんです。周囲には家も道路もありますけれども、山も森も近くにある。自転車で5分走ればギリギリ獣道に辿り着ける。そんな環境で育ってきました。

 日常的に動物とバンバン出会う野生の王国かというと別にそんなことはありません。警戒心が強くて人前に現れないのか、単純に近所で暮らしていないのかは知りませんが、思ったよりも出会わないものです。イタチは数年に一度見かければいいほうですし、タヌキなんて山岳地帯に向かって車で1時間ほど走らせた場所でないと見られない存在でした。地元は田舎ですが、それでも大きめの野生生物と出会うのは非常に珍しい経験でした。

 私が小学生をしておりました頃、学校行事で山中の宿泊施設に泊まりました。車で山岳地帯に向かって2時間の場所です。さすがに道は細く曲がりくねり、見えるのは針葉樹林メインの景色ばかりです。そんな場所で昼間はハイキング、夜は肝試しで山をうろつくスペシャルコースにもかかわらず、私は山でしか見られないような生物を一切目撃できず、「タヌキ見た!」と目を輝かせる友人を羨ましがるだけでございました。

 それから10年以上経ちまして、東京で暮らすようになりました私は、何となく日々を過ごしておりました。見られる生き物は地元とあまり変わりません。鳥と言えばカラス、スズメ、ムクドリなど。夏になればカに刺されますしコバエも飛んでくる。あとはネコとイヌ、もちろんヒトもそうですけど、まあそんなところです。別に珍しい生き物を求めて東京暮らしを決めたわけでなし、特に気にせず日々を過ごしていました。

 とある初夏の夜でした。窓を開けると風がじんわり入って来るので、ダラダラ涼んでおりました。すると、私の部屋は1階の角だったんですが、どうも外から妙な音がするんです。何かがクンクンと激しくにおいを嗅いでいるような音。生き物の音だとは思ったんですが、ネコではない。イヌでもない。じゃあ何だろうと思って懐中電灯を手に窓へ近づきまして、スッと窓を開けると同時に外を照らしました。

 四足歩行のモジャモジャ系哺乳類だとはすぐ認識できたんですが、どのモジャモジャか判別するのに数秒を要しました。ただ、判別はできました。タヌキだったんです。

 照らされたタヌキは警戒心むき出しで身構えておりましたが、私が近づこうとすると瞬時に逃げてゆきました。おいおい東京でタヌキかよ、と思って検索してみたんですが、なんか都心でも普通に見られるみたいですね。タヌキはもともと東京に結構住んでいたようなんですが、辺りが開発されまくっても残された緑地などを活用して普通に東京ライフを満喫しているようです。

 地元にいた頃は山に行っても見られるかどうかのレア種だったのに、いざ東京に来てみたら普通に向こうからやってくる。東京と言えば日本随一の大都会であり、大都会と言えばもともとあった自然を破壊しまくった上に成り立った人工世界なはずなのに、大自然のレア種たるタヌキがどうしてこうも簡単に見られますか。

 そう言えば、ゲジゲジを見たのも東京に来てからです。地元では山奥の鍾乳洞に潜り込んだ時に目撃して、「ああ山奥の洞窟にはこんなモンスターじみた形の生物がいるんだなあ」と感動した記憶があるんですが、東京では私の部屋へ勝手に入ってきました。優しく捕まえて、「鍾乳洞へお帰り」と思いながら外へ逃がしたものです。

 もちろん、ゲジゲジにはいろんな種類がいますから、鍾乳洞ゲジゲジと東京ゲジゲジは違う種類だった可能性はございます。しかし、東京は大都会なはずなのに、どうしてこう妙に生態系が充実しているんでしょう。愚かな人類によって自然環境は日々破壊されており、大都会東京なんてその最たる場所じゃなかったんですか。

 別に、もっと地球に厳しく生きろとか、そういうつもりは全然ないんです。自然とうまく付き合うに越したことはない。ただ、野生の王国でこそ見られると思っていた生き物が、地元より大都会東京の住宅地で簡単に見られる現実をすんなりと受け入れられないんです。もしかすると、草木が生い茂る環境が自然ではなく、人工の構造物でバシバシに固められた環境のほうが自然なんでしょうか。私が暮らしているのは野生の住宅地とでも言うんでしょうか。

 そう言えば、つい先日も夜に家路を急いでいますと、またもや道端に四足歩行のモジャモジャ系哺乳類が。すっかりタヌキに慣れてしまった私は「おっ、またか」と余裕の態度なんですが、どうもタヌキと言うには違和感がある。何だ君は。どこのモジャモジャだ。ジッと観察して気づいたんです。アライグマでした。

 アライグマと言えば有名な外来種でございまして、ラスカルブームでガッツリと輸入されたものが次々と野生化したなんて言われています。意外と狂暴なので気をつけたほうがいいという情報は持っていましたから、襲いかかりはしないかと身構えたんですけれども、当のアライグマはうつむき加減に「すいませんね、ちょっと前を通りますよ」とヨタヨタ歩いてどこかへ行ってしまいました。野生化したアライグマとはこれが初遭遇です。地元に住んでいた頃はレアすぎて会うという考えにも至りませんでした。

 タヌキ、ゲジゲジ、アライグマ。東京の生き物が私の価値観をガンガンに揺さぶってきます。助けてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?