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ネットミームかオリジナルか

 ネットミームというものがあるわけです。ネットミームとは、ネットをしているとちょこちょこ見る独特な言い回しや画像、動画なんかを指す言葉です。

 ネットに親しんでいる方ならお分かりの通り、ネットミームは膨大です。ご自身の街頭インタビューがネットミームとなってしまったお笑い芸人、「春とヒコーキ」のぐんぴぃさんは、ご自身のYouTubeチャンネルで「ネットミーム総選挙」なる企画を開催しております。総選挙ができるくらい数が多いわけです。

 ネットミーム最大の特徴は、個人的には「自分も使ってみたくなるもの」だと思われます。ネットで誰かとコミュニケーションを取る時、文章だったり画像だったり動画だったりを使うわけですが、ネットミームはどれもついつい使ってしまいそうになる独特な雰囲気を持ち合わせています。もちろん、私には魅力が分からないネットミームも存在していますが、それは単に私が分からないだけで、他の人にとっては使ってみたくなるものなんでしょう。そもそも「使ってみたくなる」ほど魅力があるからネットに広がり、ミーム化していくのだと思われます。

 ネットミームと聞くと、思い出す友人がいます。ここでは仮に桜木君としておきます。

 桜木君はとにかくゲームが好きで、私ともゲーム仲間でした。ゲームが好きな人は一定の割合で「自分もゲームを作ってみよう」と思うようで、実際にゲームを作る人もいる。桜木君はその「実際にゲームを作る人」でございました。当時から、誰でも簡単にゲームを作れるソフトが売られており、桜木君はそんなソフトを購入し、ゲームを作っては他の人にやらせていたんです。

 しかし、桜木君の作るゲームはどれも癖がありました。シューティングゲームを作れば、敵が変な名前の牛乳ばかりなんです。私の地元には昔から名前が特徴的な牛乳が販売されており、その影響を顔面からモロに食らったようなんです。

 シューティングゲームと言えば、大体はプレイヤー操る自機が敵機を撃ち落としていく形式になっています。桜木君のシューティングゲームもそうでした。自機が牛乳を撃ち落としてゆく。ただ、桜木君のゲームは自機も牛乳なんです。何なら撃つ弾も牛乳です。オープニングもエンディングも画面で牛乳が乱れ飛ぶばかりでございまして、桜木君のゲームを遊んだ子はみんな序盤から訳が分からなくなるんです。笑いが止まらない子もいれば、唸り声が止まらない子もいました。

 桜木君はRPGも作っていました。でも、武器が変なんです。みんなパイプしか持っていない。

 桜木君と同じクラスだった私はすぐに出典元が分かりました。私のクラスにおける理科の先生は、指示棒の代わりになぜかパイプを使う人だったんです。あの下水管とかでよく使う灰色の塩ビパイプで、黒板の文字を指し示すんです。

 4月に塩ビパイプを見た生徒たちは多少ざわつくんですけれども5月にもなりますと塩ビパイプにも慣れ、誰も何とも思わなくなります。先生もそれを知っているのか、塩ビパイプに言及せず、いつも淡々と授業をして去っていきます。そんな先生の塩ビパイプを見て、桜木君は「これゲームに使えるじゃん」と閃いてしまったようなんです。

 塩ビパイプを持った主人公が挑む敵はスライムとかデーモンとか、その手の王道RPGモンスターなんです。主人公の武器は強化されないとまずいと思ったのか、冒険が進むにつれて塩ビのパイプが鉄のパイプになり、ステンレスのパイプになり、金、プラチナ、ダイヤモンド、最後にはオリハルコンのパイプが出てきました。結局、桜木君のRPGはパイプで魔王の頭を殴りに行くストーリーだったんです。

 そんな奇作怪作を連発していた桜木君でございましたが、ゲームに対する情熱は本物でございまして、ゲームを作りたい一心でコンピューターに強い某大学某学部に進学し、そこからゲーム会社へ就職していきます。

 桜木君と違う大学に進学した私は桜木君と疎遠になり、スマホでたまに連絡を取り合うくらいの交流でしかしませんでしたが、卒業前に互いの就職を祝おうということで、未来の職場がある東京で内定式に出たあと会うことになりました。

 桜木君は相変わらずゲームに対して並々ならぬ情熱を持っていましたし、ゲーム同様、ピントがずれたようなことを言って私を笑わせてくる人でした。その日も変なエピソードばかり言って笑わせてきます。ただ、乾杯してから数分で私は彼の変化に気づきました。桜木君の話が全部どこかで聞いたものばかりなんです。

「それネットで拾ったネタだろ」

 私が思わずツッコむと、桜木君は「そうだよ」と言って笑ってました。

 どうも桜木君は大学でネットミームに詳しい人と仲良くなり、ネットに漂う面白いものを見聞きしまくったようなんです。私も大学時代はネットで遊んできたため、桜木君がネットミームの話ばかりしていることに気づいたわけです。

 ネットミームとなったものは拡散されるだけの理由があります。笑えるネットミームは山ほどある。実際、その時は桜木君と笑いまくり、盛り上がるには盛り上がったんです。ついでに、彼が作った最新ゲームもやらせてもらいました。牛乳やパイプばかり出てくる謎ゲームに比べてクオリティがグッと上がっていてビックリしました。その辺で売っているくらい、プレイしやすいゲームでした。4年って結構な期間だったんだなあと感慨深くなったものです。

 でも、桜木君と別れ、電車に乗った私は、いろいろ考えてしまいました。確かに桜木君との話は面白かったです。ゲームもちゃんとしてました。牛乳ばかり出て画面が真っ白になったり、伝説のパイプで魔王城に乗り込んだりしてプレイヤーを混乱させるゲームに比べて遥かに楽しめた。ただ、違和感がありました。電車でひとり揺られていて、ようやく違和感の正体が分かりました。オリジナリティがないんです。

 大学進学前の桜木君が作ったゲームは無茶苦茶でした。魔王をパイプでどついて世界に平和をもたらすゲームはまともじゃない。でも、オリジナリティはありました。私はこれまでいろんなゲームで遊んだり、実況動画を見て楽しんだりしてきましたが、常に牛乳でホワイトアウトさせられるシューティングゲームなんて後にも先にもこれだけです。彼の話も同様で、何を言ってるか分からないことが結構ありましたけれども、それは桜木君の大きな特徴でもありました。

 大学で桜木君はいろんなものに触れ、ゲーム作りやトークのスキルを上げてきました。その結果として、どこかで見聞きしたようなものばかりになってしまった。ネットミームは話題としては優秀です。面白いからネットに広がったわけで、当然と言えば当然です。それに、牛乳で真っ白に目潰しされるゲームより、どこかで見たようなちゃんとしたゲームのほうがどう考えても売れる。

 普通の社会人として生きてくのであれば、桜木君の変化は正しいのかもしれません。でも、パイプで平和を取り戻す勇者だか何だか分からない人が主人公のゲームを作らなくなったのが、絶対的に正しいとはどうしても思えなかったんです。オリジナリティがなくてもできる仕事はたくさんありますし、問題なく生きていける。むしろ、周囲の人との共通点が多くなるわけで、暮らしやすくなるかもしれない。しかし、桜木君の仕事はゲームを作る仕事であり、オリジナリティと無縁の仕事ではございません。かと言って、昔のオリジナリティを甦らせ、牛乳で目を潰した隙にパイプでタコ殴りにする乱暴なゲームを作るのがベストかと言うと、それも疑問です。

 世間に受け入れやすいほうがいいのか、受け入れづらくてもオリジナルを追求したほうがいいのか。未だに結論は出てませんし、結論が出せるものではないのかもしれません。人によって結論が違ってくるのかもしれない。ただ、ネットミームと出会うたび、どこかで聞いた話ばかりする桜木君の姿を思い出すようになったのは事実です。

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