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変な壊れ方をする自転車

 僻地の高校に通ってたんです。自転車で1時間かけて通わないといけないところにあったんです。一応、公共交通機関としてバスは通ってたんです。しかし、自宅最寄りのバス停から直通のバスがなく、ルートは当然のように遠回り、更に乗り換えが必要となるため、すんなりいって2時間かかる。高校生の私は仕方なく自転車で片道1時間、往復で2時間、毎日のように走っていました。

 過酷なように聞こえますが、人ってのはすごいもんでこんな通学も慣れるんです。何なら、同じくらい遠いところに住んでいるクラスメートと小1時間ふざけながら下校することも珍しくありませんでした。

 ただし、自転車は3年間の間にちょこちょこ調子が悪くなりました。週に100キロ以上こいでるんです。負担は半端なかったことでしょう。更に、乗っているのは男子高校生ですから、当然ふざけた運転をするわけです。ふざけた運転をすれば事故率も上がる。車にひかれたり歩行者をひいたりみたいな重大な事故こそ起こしませんでしたが、並走する友人の自転車と接触してコントロールを失い自転車ごと茶畑に突っ込んだり、浅い側溝に前輪が取られて道路脇のイモ畑に顔面から突っ込んだりと、頭の悪い自損事故は結構起こしてました。人間はすり傷程度で済むんですが、自転車はハンドルが曲がったり泥除けが割れたりスポークが折れたりするわけです。

 何事にも上には上がありまして、私よりも長い距離を自転車でこいで通っていた仮名・長谷川君の自転車は、更に不可解な故障を起こしていました。

 長谷川君の自転車はいわゆるノーパンクタイヤでした。ノーパンクタイヤは空気を入れて膨らませるチューブの代わりに、軽くて弾力のある物質が詰まったチューブを使うため、パンクの心配がないタイヤです。その代わり、タイヤが重くなるなどのデメリットがありますけれども、長距離を移動する長谷川君にとってはパンクの心配がなくなるだけでも日々の通学をだいぶ快適にできます。

 しかし、そんな長谷川君のノーパンクチャリが突然、走るたびにガタガタ言い出したんです。奇妙に思って長谷川君と一緒にタイヤを触って確認すると、特定の部分だけ指がグッと奥まで入るんです。ガタガタの原因はここだと突き止めた我々は長谷川君チャリを自転車屋に持って行って見てもらいました。

 自転車屋さんによると、ノーパンクタイヤのチューブは固体が詰まっているので画鋲を何個踏んでもパンクしない代物でしたが、何らかの負荷が原因でそのチューブがちぎれてしまったようなんです。指が奥まで入ったのは、ちぎれたことによってできた空間だったとのこと。つまり、長谷川君はノーパンクタイヤをパンクさせた男となったわけで、当然ながら自転車は修理に出しました。

 修理に出した自転車が戻ってしばらくしたある日、私と長谷川君を含めた5人が細い道で自転車に乗り、バカ話に華を咲かせていました。そんな状況になれば当たり前のように自転車5台がそれぞれ接触し、全員が独自の格好で転倒しました。とりあえず、全員に怪我はなく、笑いながら自転車を起こしたんですが、長谷川君の自転車だけ何かがおかしい。さっきより前輪と後輪の距離が明らかに近く、サドルとハンドルの距離も近づいている。どうも自転車のフレームを1本折ってしまったため、特殊な形に変形してしまったようです。長谷川君は再び自転車を修理に出すこととなりました。

 自転車が長谷川君の手に戻ってまたしばらくしたある日のことです。その日も友人5人が集まって自転車をこいでいました。信号のない交差点で自動車が通過していたため、私たちは一時停止をしました。そして、自動車が通り過ぎてからこぎだしたんですが、長谷川君だけがなぜかその場で転倒しました。「大丈夫か」と半笑いで駆け寄る私たち。長谷川君は地面にうずくまっていたのですが、やがて立ち上がりまして、その手には折れたペダルが握られていました。どうも長谷川君は発車させようとペダルを力強く踏んだところ、右のペダルをへし折ってしまい、そのまま転倒したようです。

 どうしてペダルをへし折れたのか今でも原因はサッパリ分かりませんが、日々の長距離移動に負荷がかかっていたことに加え、毎日のようにふざけた乗り方をしていたのがたたったんでしょう。もちろん、修理行きとなりました。

 長谷川君は別に人並外れた力があるタイプではなく、むしろ家でゲームばかりするインドア派の子でした。体格はザ・中肉中背といった感じで特徴らしい特徴もない。長谷川君と同じくらい遠くから自転車で通っている子は他にもいましたが、長谷川君の自転車だけがこのはじけっぷりです。

 多分、当たりを引いたんだと思います。少なくともお笑い的には。

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