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ドラえもん専門コピーバンド

 恐らく中学生から大学生くらいだと思うんですが、バンドをやりだす人が一定数いらっしゃいます。とにかく演奏をしたかったからとか、友達に誘われて何となくとか、音楽で天下を取りたいからとか、始める理由は十人十色でしょうが、どの理由にも多かれ少なかれ背後には「みんなの前でいい格好したい」という気持ちが漂っている。私の中にはそんな偏見がございます。

 そんな偏見が出来上がったのにも一応わけがありまして、他ならぬ私自身がバンドをやっていた経験があるからです。必然的に人間関係もバンドがらみが増えていくわけで、そんな環境で丹念に偏見を育て上げていったわけです。

 さて、そんな私のバンド活動でございますが、一言で表すならば、最初から最後までつまづいていました。プロのバンドマンはどのパートもみんな自在に楽器を操っているどころか、観客に向かって叫んだり跳ねたりとパフォーマンスまでやっている。でも、その「楽器を自在に操る」が難しいとスタートで思い知るんです。私はギターを担当することになったんですが、初心者の鬼門として有名なFコード以前に、ピックで弦を弾くのがうまくいかないんです。ピックよりも先に指が触れるため、指の皮がドンドン削れていく。プロってすげえや。こんな当たり前のことに、ようやく気づきました。

 それでも、ギターに詳しい友達に習ったり、本や雑誌で勉強したりと、ダメなりにちゃんとやろうとしました。実際に行動すると、何だかんだ弾けるようになってきます。スタジオを借りてみんなで演奏する、なんてこともするようになってきました。しかし、我々のバンドは前進とつまづきがイコールのような成長具合だったため、何か始めるたびに何かをやらかします。

 我々に曲を作る腕はありませんから、プロが作曲した既存の曲を演奏することになります。しかし、どれも難しいんです。イントロで挫折する曲もあれば、簡単なイントロで油断させておいてサビの部分で刺しに来る曲もありました。だから、せっかくみんなの予定を合わせ、スタジオを借りて練習を始めても、大体どこかのパートで誰かがミスって演奏がストップする。それを繰り返しているうち、みんなのやる気がだんだん失せて行く。ギターやベースどころかボーカルまで床に座って歌うようになり、演奏中の談笑も当たり前になってくるんです。

 そのうち、本来の演奏曲をほったらかして、思い付きで全然違う曲をするようになるんです。その時にやったのは「ぼくドラえもん」でした。「あったまテッカッテーカ」で始まり、「キミョウキテレツマカフシギ」とか「ホンワカパッパ」とか、怪しい呪文みたいな言葉が現れては消えてゆく曲でございます。つまり、真面目と言うよりはユーモア系と言っていい。

 そういうものに限ってちゃんと最後まで演奏できるんです。うまくやろうなんて向上心が一切ないから当たり前です。音を外そうがリズムが狂おうが誰も気にしない。真面目にやらなければいけない束縛からの解放感もあってか、むしろ演奏していて盛り上がる。

 そんな時でした。突然、スタジオのドアが開いて、「あれ、星野じゃん」と声をかけてくる人がいました。隣のクラスの子でした。ここでは吉田君としておきますけれども、吉田君は軽音部に所属していて、その日も軽音部の仲間と練習に来ていたそうです。

 冒頭で書きましたけれども、バンドをする理由はみんな多かれ少なかれ「みんなの前でいい格好したい」があるはずです。当時、私たちのバンドはまだ人前の演奏を目指していた段階であり、初めて演奏を見られた姿が、「あったまテッカッテーカ」という、我々のバンド史上、最も格好悪い状態だったわけです。吉田君は「お互い頑張ろうな」と爽やかな挨拶だけを残して隣のスタジオに消えて行きましたけれども、こっちとしては吉田君に「星野たちはドラえもん専門のコピーバンドを目指してんのか」と思われてはしないかと気が気ではなくなってしまいました。

 スタジオの一件は他のメンバーの心にもちゃんと傷を負わせたようで、それからしばらくしてバンドは自然消滅と申しますか、解散となりました。音楽性は全員ピッタリ合っていたんですが、その方向がまずくての解散でございます。

 しかし、格好つける気もだいぶ失せた今となっては、ドラえもん専門コピーバンドのほうがむしろいいのかなと思えてきました。もう少し血迷ったらバンドメンバーを募集するかもしれません。その際は何卒よろしくお願い申し上げます。

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