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笑いの好みで性格は分からない

 小学校に通っていた頃、遠足で動物園に行きまして、まあこの手のイベントのお約束として、その時の思い出を日記にして翌日に提出しろということになりました。

 それならと私、思い出深いふたつの出来事を書くことにしました。

 ひとつは狼です。狼と言えば、一般的なイメージとしては獰猛な肉食動物の代表格であり、要するに怖いやつです。私も「赤ずきん」や「3匹の子豚」でしっかりと予習してきましたから、狼がどんなもんかはそれなりに理解していたんです。でも、檻の中にいる実物の狼は日向でごろ寝している姿で、獰猛さのかけらもありませんでした。

 もうひとつはロバです。ロバは私たち児童が集まってくると、これ見よがしにお尻を向けまして、ブルブルと鳴いたかと思うと大量の糞をまき散らし始めました。年齢1桁の子供たちにとって糞なんて大好物ですから、私たちはみんな大爆笑したものです。

 私としては、狼の話は前座も前座、真打は脱糞ロバのつもりだったんです。でも、私の両親も担任の先生も、狼のほうで笑うんです。いやいやいやいや、ロバの脱糞ですよ。そう力説しても彼らは「はいはい、子供はみんなうんこ大好きだからね」と理解してくれませんでした。

 ここまで書いて似たようなことを思い出しました。

 とある漫画雑誌の巻末に読者の投稿コーナーみたいのがあったんです。その投稿コーナーはとにかく笑えるエピソードばかりかき集めて掲載しておりまして、私は毎月、楽しみにしていたものです。

 楽しみすぎた私はいつしか、そのエピソードの中で個人的にグッと来たものをかき集め、家族に披露して反応を見るようになりました。ある日、私が披露したエピソードは次のふたつでした。

 ひとつ目は投稿者の飼っている犬の話で、内容は単純です。いわゆる「ちんちん」をさせたら仰向けに倒れたという一発ネタみたいなもんです。

 もうひとつのほうがストーリー性はあります。投稿者は友人の話として紹介していました。その少年は家で姉と対決ごっこをしていたようですが、体格差もあってか少年は劣勢に立たされ、いよいよ2階のベランダに追いつめられました。すると、少年は足元にあったバスタオルをマントのように首へ巻き付け、「僕は飛べるんだー!」と叫びながらベランダからダイブ、足の骨を折る騒ぎになったとのこと。

 個人的にはダイブ話が窒息するくらい笑える話だったんですが、家族の人気を勝ち取ったのはちんちん転倒犬でした。いやいやいやいや、確かに怪我したのは気の毒だけど、「僕は飛べるんだー!」ですよ。私の熱弁は見事な馬耳東風となりました。

 笑いの好みは人によって大きく違うんだな、と今になって思います。つまり、私は家族の中でも下ネタと暴力が好きだということですね。なんかすごくロクでもない人間に思えてきました。

 まあ、私がロクでもないのは私がよく知っているのでいいんですが、ただ、事はそう単純でもないようです。

 私の父方の祖母なんですけども、彼女はいわゆるリアクション芸が苦手で、今ほどコンプラコンプラ言われてない時期から、熱湯風呂と氷風呂を交互に入る出川さんをテレビで見て「なにやってんだい」と渋い顔をしていました。テレビの出川さんは泣きそうな顔をしながらも、明らかに自らの意思で熱湯と氷のループをグルグル回っていたんですが、例えやらせでも祖母は見るのが忍びなかったようです。

 これだけ聞くと祖母は真面目な人のように思う方もいらっしゃるでしょう。実際、夫を早くに失くした祖母は一生懸命に働いて息子ふたりを私立大まで行かせました。日々ふざけて過ごす人にはできない芸当です。

 しかし、祖母は近くで火事が起きるといち早く現場に行って燃え盛る様子を最前列で眺める人でもあったんです。若い頃にはサイレンが聞こえてくると、原チャに乗って消防車を必死で追いかけていました。熱い寒いと叫ぶ男性をテレビで見るのは嫌だけど、直に見る火事は全然平気のようです。何なら、帰宅後には現場の凄惨さを私に語ったりもする。

 人が熱がるのと家が燃えるのはどう違うんだと問い詰められても祖母はきっと困るでしょう。人の好みは単純ではない。つまり、優しい話が好きだったとしてもえげつないことをする人は当然いますし、中には本当に優しい人だって存在する。そういうことなんだと思います。

 まあ、私はロクでもない人間だという結論は間違いないでしょうけれども。

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