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あの頃は本当の道徳を理解できていなかったのかもしれない

 小学校だったか中学校だったか忘れましたが、道徳の教科書で印象深い話があったんです。うろ覚えで大変恐縮ですが、概要を書いて参ります。

 授業中、真面目で勉強もできるA君が突然、教室から出ていったかと思うと、水がたっぷり入ったバケツを持って入ってきたんです。そして、みんなが唖然とする中、A君は自身の斜め前に座っていた女子生徒へ頭から水をザバーッとかけたんです。教室はパニックになりました。

 とりあえず、ずぶ濡れの女子生徒は保健室に連れていかれ、生徒みんなで教室の掃除をする羽目になりました。そして、A君は当然ながら先生と緊急2者面談です。

 先生は不思議に思いました。真面目なA君がどうしてそんなことをするのか。しかし、理由を聞いてもA君は「彼女が前から嫌いだったからやった」と言い、謝るだけです。

 その後、先生はいろんな生徒から聞き取りをおこないましたが、A君と女子生徒がトラブルになった話は全然出てきません。仲が悪そうな様子を見た子さえいない。何より先生が不思議だったのは、それからのA君は例の女子生徒に何か悪さをするでもなく、真面目な生徒であり続けました。だから、より一層、バケツの件が先生には理解できませんでした。

 卒業式の時、先生は再びA君を呼びつけて2者面談をしました。A君も何となく察したようで、素直に応じてくれたそうです。先生は改めてバケツの件を聞いたそうです。「もうすぐ卒業なんだ、本当のことを教えてくれ」。すると、A君はようやく、真相を話してくれました。

 あの日、女子生徒の様子がおかしいと思っていたそうです。何かを我慢しているようにうつむき、時々身体を震わせていた。A君はトイレだろうと察したそうです。手をあげて先生に言い、トイレに行けばいいようなものの、女子生徒にはそうする勇気がなかったようです。やがて、女子生徒の椅子から徐々に透明の液体が流れ出るのをA君は確認しました。そこでA君は急いで教室を出てバケツに水を汲み、女子生徒にかけたとのこと。理由が理由だけに、当時のA君は先生に本当のことを言えなかったそうです。

 先生はようやく納得すると共に、A君がやっぱり真面目な子だったのだと改めて思ったそうです。

 とまあ、こんな話でした。道徳の教科書に載るくらいですから、いい話として扱われているんです。もちろん、そうでしょう。A君の行動は誰にでもできることではありません。女子生徒の緊急事態を見て咄嗟に判断し、自分が悪者になることで彼女を助けた。その行動は素晴らしいと思います。

 でも、卒業式に言っちゃってるんです。いや、A君はまだいい。問題は、それを他人にばらした先生であり、道徳の教科書に載せようと頑張った人たちでしょう。せっかくA君が黙っていた秘密を、どうして道徳の教科書に載せますか。女子生徒からしてみたら、たまったもんじゃありません。

 もちろん、A君も女子生徒も現在はどう考えても大人になってますし、学生時代のおもらしなんて何とも思ってないかもしれません。当然ながら、登場人物は全員仮名になっており、プライバシーにも一定の配慮は見られます。でも、やっぱり道徳の教科書でおもらし拡散はエグすぎます。SNSとは違うヤバさがございます。他人の恥を道徳の名のもとに文科省公式ネットワークで大拡散でございます。政府オフィシャル感がヤバさに拍車をかけている。

 ひょっとすると、それも込みで道徳について考えてもらおうとしたのでしょうか。他人の恥を、いい話だからと出版物で広く知らしめるのは道徳的に正しいのかどうかを、学生に考えさせようとの魂胆でしょうか。単なるいい話に感動するなんてベタな道徳ではなく、もっと「善とは何か、悪とは何か」を考えさせる、より哲学的な話だったのでしょうか。

 今更、昔の道徳の教科書で何をそんなに考え込んでいるのでしょうか。でも、気になってしまったので、こうして書いて再拡散している次第です。

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