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走るのをやめる日

 週に数日ペースでジョギングをしているんです。のんびり1時間くらいかけてその辺をダラダラ走っています。割と長くやっている趣味でございまして、もう10年以上は続けています。そこまで続くと「自分はいつジョギングをやめるのだろう」と気になる時があります。

 なんかやる気がなくなって走らなくなるバターンももちろん考えられますが、もうひとつ明確に考えられるパターンは体力の限界でしょう。何しろ年を重ねるとだんだん身体能力が落ちてくる。きっといつかは走れなくなるでしょう。それはいつなのか。その日が来たら自分はどうするのか。落ち込んだりしないのか。ジョギングを続ければ続けるほど、気になってきます。

 今年のとある夏の日のことです。今から考えれば、前々から兆候はありました。とにかくやたらと足がつるんです。気にせず走っていると、いよいよジョギング中に足の異変が現れました。右ふくらはぎの筋が張ったような感覚に陥り、うまく走れなくなったのです。それでも無理して走っていると、今度はヒザが痛くなる。ジョギングを中止せざるを得なくなりました。

 その時はまだそこまで深刻にとらえていませんでした。何らかの身体トラブルがあってジョギングを途中でやめたことはこれまでも何度となくあったからです。昼食直後にジョギングをして途中で気持ち悪くなり茂みで思いっきり吐いた時もありますし、走っている途中でトイレに行きたくなるも道端にある全ての公衆トイレが使用不可になっているという奇跡の悪夢が発生したためお尻を押さえながらどうにか自宅まで辿り着いたこともあります。気温38度の炎天下に走って半日ダウンしていた時もあります。それでもまあ復活してジョギングを続けてきたので、今回もどうにかなるだろうと、たかをくくっていました。

 しかし、この時は日常生活でも右ふくらはぎが張るようになりました。足を休めている時は何ともないのですが、急いで信号を渡ろうと駆け足になれば張り、友達と一緒にふざけて踊りまくれば張り、寝ぼけて机を蹴っ飛ばしても張るんです。当然ながら、ジョギングをしても張り、すぐに走れなくなる。いよいよ走れなくなる日が来たかと思いました。

 もちろん、諦めるのは早いとは思いました。ただ、走れなくなる覚悟はしとこうとも思いました。予想よりもだいぶ若い年齢で走れなくなるのは残念ですが、嘆いても仕方がないのでジョギングに変わる運動をしようと考えました。思いついたのは散歩です。散歩ならまだ何とかなる。早速、ネットの地図を眺めながら1時間で歩けるコースを考えてみました。

 どうせなら普段通ったことのない道をコースにしよう。行ったことのない公園のど真ん中を突っ切ってみよう。地図では名前すら書かれていないこの池っぽいところが何かを確認してみよう。散歩コースを考えるのが楽しいとすぐに分かりました。実際の散歩もまた同様です。走れなくても何とかなるかもしれないなと思いました。

 その一方で、ジョギング復帰の計画も練りました。とりあえず、1ケ月はジョギングをお休みし、柔軟運動を取り入れました。また、足の不調の原因も探りました。上でも書いたように、私、お腹いっぱいで走ってみたりトイレを我慢して走ってみたりと、背負わなくてもいい苦難を背負って走る時があります。それに、足が不調になる前はお盆休みで連休だったこともあり、真夏の朝に毎日ジョギングをしていました。しかも寝起きの、頭が半分寝た状態で走り始めた時もある。つまり、明らかに足に負荷がかかる走り方をしていたわけです。そういうのをやめて、不必要な苦難を背負わないジョギングを目指そうと考えました。走る前にちゃんと準備運動をする。逆を言えばこういう当たり前のあれこれをしてこなかったわけで、そりゃ足も痛めるというものです。

 で、これを書いてる今は1月なんですが、普通に復活してジョギングを続けています。ただし、以前よりはもう少しちゃんと身体を労わって走るようにはなりました。あの時の落ち込みは何だったんだという気もしますが、とりあえず走れなくなった時の予行練習はできたので、いつか来るジョギングをやめる日もうまく対処できると思います。

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