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ゴキカブリ怪談

 納豆が好きなんです。ただ、市販の納豆は1食ずつ白いパックに入ってます。ちょっとずつ食べるにはありがたいんですが、ゴミになるとなかなか困るんです。これ以上コンパクトにはならないのに、毎日食べるからどんどん溜まっていく。ガンガン捨てればいいんですが、昔は捨てるのを面倒くさがって、部屋の一角に溜めこんでいました。溜めるともう手をつけるのさえ面倒になり、更に溜まっていく。ゴミ屋敷まっしぐらの悪循環です。

 そんなある夜、電気を消して眠りに就こうとしていると、部屋の隅から妙な物音が聞こえるんです。大した音量ではないんですが、今までに聞いたことのない音。文字で表すとカリッとサクッの中間ぐらいの音なんです。それが数十秒から数分おきに聞こえてくる。

 最初は気のせいかと思いましたが、その割にはハッキリと聞こえるんです。こういうのは一度気にすると眠れなくなる。私、電気をつけて音の原因を探りました。

 耳を澄ましてみた結果、部屋の隅にある納豆パック溜まりの奥から聞こえてきました。何だ、何がいるんだ。息を殺しながらゆっくりと納豆パック溜まりに近づき、右手で一気にパックの山を払いました。1回、2回、3回……。すると、親指くらいの大きさの黒い影がサッと隠れるのが見えたんです。私はすぐに近くのキンチョールを掴みまして、納豆パックを掘り返しながらシューシューやり始めました。予想通り、黒い影は屈指の不人気昆虫ことゴキブリでした。

 残念ながらゴキブリを取り逃がした私、枕元にキンチョールを置く臨戦態勢で電気を消し、再び布団にもぐりました。すると、また断続的に例のカリッとサクッの中間音が聞こえてくる。ゴキブリと言えばカサカサという足音が持ちネタのはずなのに、この妙な音は何なんでしょうか。

 キンチョールを持ったまま電気をつけ、すっかり散らかった納豆パック溜まりに音もなく近づきますと、いましたいました。納豆パックにしがみついているゴキブリが。

 そこで気づいたんです。ゴキブリは全く動かない。なのに、例の奇妙な音は明らかにゴキブリ方面から聞こえるんです。私、ピンときました。なるほど、かじってる音か。

 納得している場合ではありません。早速、我が主砲ことキンチョールを発射、こびりついた納豆に夢中なゴキブリへ見事命中、あとは畳みかけるように我が化学兵器を吹き付けるだけです。ものの数分でゴキブリは動かなくなりまして、あとはティッシュで包んでゴミ箱へポイです。

 ゴキブリを退治すると例の音は聞こえなくなりまして、「ああ本当にあれはゴキブリがかじってた音なんだなあ」と感心した次第です。何しろゴキブリはもともとゴキカブリと呼ばれ、一説には「御器囓り(ごきかぶり)」というのが名前の由来とされています。御器、すなわち食器をかじるという意味ですね。昔の食器は木でできていたでしょうし、ゴキブリがガジガジかむには充分な素材です。昔の人もきっとカリッとサクッの間みたいな音を聞き、「ああこいつ、御器をかじってやがんな」と思ったに違いありません。その後、ゴキカブリは明治期に出版された日本初の生物学用語集で間違って「ゴキブリ」と印刷され、以後ゴキブリという名前で頑張っているわけですけれども、私としてはゴキカブリの由来を目の当たりにした気分になりまして、いろいろ感心してしまいました。

 この興味深い話を友人知人に話すと、まあ大概は嫌そうな表情を浮かべます。恐怖をあらわにする人も出てくる。「もう今は部屋もちゃんと掃除するし、納豆パック溜まりだってどこにもないよ」と言っても全く効果がありません。両手で耳を塞ぎ、身体を屈めて今にも悲鳴をあげそうになる人すらいる。何だか怪談を話しているような感じになってしまうんです。

 というわけで、既に世間で真冬に突入していますけれども、こうやってゴキカブリ漫談、じゃない、ゴキカブリ怪談を皆様におすそ分けしてみた次第です。

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