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寄り道で ・本が好きな話/その1

仕事の日には必ず通る改札がある。乗換えた改札を出て階段を上った真正面にすぐ見えている。定期をかざしたそのままで、二つ目のその改札をくぐるまでは駆け足で1分もかからない距離だ。

けれどもこの日はいつもの乗換用の改札を、気まぐれに迂回しその先にある商店街へ入ってみた。定期をポケットに納め、何を探すでもなくふらふらと。
この通勤エリアは十数年通っていたし、休日には繁華街へ遊びに行くときには、「書店があるなー」くらいで存在は知っていたが入ったことはなかった。ところが入ってみて驚いた。テナント書店なら知れた規模かなと思っていたが、奥が深くかなり広い店舗だった。ここ「ジュンク堂」は特に文庫の品揃えが充実していた。

自分は、背が高い本棚が好きだ。
見上げる程の高さの本棚に並ぶ文字の羅列。文庫なので形式が一定なので、色と文字だけが違う本が整然と並ぶ様が好きだ。カラフルなタイル壁のように見る場所での表情が違って飽きないし、タイトルや著者名を眺めてどんな内容かに思いを馳せるのも楽しい。
最近は背のデザインも様々になってきたので、棚の一部がノイズのように乱れていることも多くなってきたけど、それもまた目には新鮮で良いが、個人的にはあまり好みではない。

今回は背が暖かいクリーム色で統一された「ちくま文庫」本棚の中から2冊購入した。「ちくま文庫」は古典の選集や文化人のエッセイ集が多くて手を出しやすい。小説よりも文学文芸に特化している印象があるため、多様なジャンルに触れることができる。また歴史社会学人文学の名著も多く文庫化しているので、手軽に深い学術本を手に取れる点もうれしい点だ。その中から、

『中島らもエッセイ・コレクション』中島らも著 小堀純編集 ISBN:978-4-480-43283-4

『決定版 天ぷらにソースをかけますか? ニッポン食文化の境界線』野瀬泰申著 ISBN:978-4-480-43528-6

この2冊を購入した。

中島らも氏は『今夜すべてのバーで』を読んで好きになった。説明不要な著名人であるが、特に酒とドラッグに浸りながらに綴ったエッセイに、言葉にできない蠱惑的な魅力を感じた。退廃的な空気をまとった、それでいて透明感のある言葉。
夜通し飲んだ後無人の街の朝もやを泳ぎ歩きながら、どこかすっきりした冴えのある頭からこぼれた言葉。お酒と共に読むと悪酔いしそうだけど手放せない一冊。(読みかけの感想)

もう一冊は、NIKKEI電子版上で「食の方言」というテーマで連載されていた読者参加型の企画の書籍版を合本し文庫化した、贅沢な一冊。圧巻の464ページながら、テーマごとに完結するので、乗換の多い通勤中や仕事帰りの一杯の間でも区切り良く読める。
一つの食にまつわるテーマを全国から意見を集めて地図に反映させる企画で、タイトルの通り「天ぷらにソースをかけるか」などの食べ方や食材の地域差を調査する。
日本地図が、たとえば「天ぷらにソースをかけて食べる派が80%以上は無地」といったようにコメント(作内ではVOTE)が色分けをされるのだが、静岡は糸魚川構造線を境として東西にくっきりと分かれるケースが多くみられる点が面白い。
また、肉=豚か牛かというテーマでも東西の差異や歴史的背景、時系列での変遷を知ることができて興味が尽きない。
連載当時から読んでいたので、改めて書籍として読むと新鮮でもある。合本のためテーマは厳選されているが、当時の連作を楽しみにしていた気分を思い起こさせてくれる。
これもまた、酒の肴として読めるし、一節読み終えるくらいで一杯といった程よい長さ。なにより飲みの席の話題にも使えるので、これもまた魅力の一つだ。(読みかけの感想)

上記2冊は今通勤鞄に入っていて、その時々の気分で読み替えている。中島らも氏のエッセイは一節長くて5-6ページ。野瀬泰申氏のも15-20ページくらいなので、中断されれるまでに読み終えられる。長編小説のように没入途中で邪魔されるようなことが無いから、「前回どんな状況だったっけ?」が発生しない。
逆に長編が読めなくなったともいえる。

ちょっとした寄り道で思わぬ出会いがあった。「いつもの道」を逸れることで得られる発見は貴重なものである。


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