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昭和33年。ラジオでレース編み

 昭和25年から40年という経済成長の時代、NHKラジオには『女性教室』という番組がありました。そのテキストが何冊か手元にあります。
 『女性教室』は「洋裁・料理・手芸などテキストを用いての、一ヶ月間の講座番組」で、平日の午後に15分ずつ放送されていました。毎月一つのテーマが取り上げられており、レース編みもその一つです。

 ラジオでレース編み?

 そうです。ラジオ講座でレース編みを教えていたんです。
 今のように視覚メディアがとことん発達した時代から見れば、「ラジオでレース編みを教える」という発想自体が奇妙なことに思えます。だって先生の手元や、編んでいるプロセスを見られないわけだし。
 でも、テレビがなかった時代の人はそんなふうに思わなかったのでしょう。有名な先生の声を聞けるだけでも励みになったのかもしれません。
 ラジオ『女性教室』(1950〜65)の開始から数年後の昭和28年(1953)に、日本でテレビ放送が始まりました。さらにその数年後、『女性教室』のテレビ版ともいえる『婦人百科』が始まりました。この番組は30年以上続きましたが、その後『おしゃれ工房』『すてきにハンドメイド』とタイトルを変えて現在に至っています。年表風に整理してみましょう。

1950〜1965 (ラジオ)『女性教室』 
  1953 テレビ放送始まる
1959〜1992 (テレビ)『婦人百科』
1993〜2009 (テレビ)『おしゃれ工房』
2010〜   (テレビ)『すてきにハンドメイド』

 『女性教室』のテキストのうち、レース関係のものを年代順に並べてみると次のようになります。もっと存在したかもしれませんが、手元にあるのは次の5冊です。

➀『服飾手芸 応用実物大型紙つき』 
  昭和26年3月
②『趣味と実益をかねたレース編み』
  昭和31年2月
③『レースあみ』 昭和33年6月 
➃『レースあみと刺しゅう』 昭和34年5月
⑤『レースあみ』 昭和35年6月

後列左から➀② 前列左から③➃⑤

 いちばん古い➀はけっこう本格的な教科書のようになっていて、全76ページに型紙がついて80円です。このころの放送時間は15分ではなく30分だったようです。カットワークやドロンワーク、テネリフ、マクラメ、ヘアピンなどいろいろなレースの技法が載っており、一般向けとは思えない高度な内容に驚かされます。「クロッセー・レース」では五本指のレース手袋の編み方が出ているんですよ!

➀の内容。編目記号はまだ制定されてなかった

 これらのすべてをテキストとラジオの音声だけを頼りに独習するのは大変そうです。でも昔の人は頑張り屋ですね。「きれいなもの」だけでなく「学ぶこと」にも飢えていたんだと思います。

 ②〜⑤はいずれも44ページで60円。教科書っぽさは薄らぎ、レースの技法はクロッシェだけになっています。手軽に編めそうな作品がいくつも紹介され、現在の手芸の本とそれほど変わらない雰囲気です。JIS規格の編目記号が昭和31年に制定されたので編図も載っていますが、すごく小さくて見にくい。言葉による説明を図で補足している感じです。

「近頃よく、職場の休み時間とか、電車の中等でも編んでいられる方を見受けます」
         ③『レースあみ』(昭33)より

 ③の表紙になっているドイリーは、テキストの中では「グラスマット」として紹介されています(上の写真)。色を変えて何枚も編み、贈り物にすることが提案されています。講師として編み方を指導しているのは、以前note の別の記事で触れた柴田たけ子先生です。

比較的シンプルですが、形のバランスがよくてとてもきれいなドイリーなので、自分でも編んでみました。

NHKラジオ『女性教室』テキスト(昭和33)より


NHKラジオ『女性教室』テキスト(昭和33)より

オリムパス40番の糸を、レース針の6号で編んでいます。
 ところでこのドイリー、おそらく柴田先生がデザインされたものではありません。
 編物に特化した国際的サイト「Ravelry」で検索すると、この美しいドイリーがもともとアメリカ生まれであることがわかります。
 American Thread Company という製糸会社が出した「Star Book No. 128 Doilies」という販売促進用パンフレット。ここにこのドイリーが、「The Gift Doily」という名前で初めて登場しました。1956年(昭31)のことです。
 柴田先生がラジオで紹介されたのはその2年後になります。インターネットも何もない時代としては、短いタイムラグですね。最新のデザインをなるべく早く届けようとされたのかもしれません。
 ミッドセンチュリーと呼ばれるこの時代、アメリカではすぐれたクロッシェのデザインが次々に生み出されました。
 それらは、まだまだ貧しいけれど「少しでも豊かになりたい」と願う日本女性のもとにも、ラジオを介して届いていたのです。

 

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