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私の生きる軸

私は有難いことに周りの方から「行動力がすごいね」と言ってもらえます。しかし、小さい頃はそうではなく、家にいることが大好きな人間でした。
しかし、高校時代のある出来事によって「百聞は一見に如かず」という言葉を大切にするようになってから変わりました。

今回は高校時代のその出来事について書いてみたいと思います。

高校生の頃、東日本大震災の被災者達が防潮堤の建設によって地元の海がなくなってしまうのを防ぐために、震災から6年半(当時)経過してもなお、政府との合意形成に取り組み続けていることを知りました。

そして、その方々が私の高校で講演をした際、「地元の海を守りたい」という一心で何年も話し合いや交渉を繰り返しながら活動しているとおっしゃっていました。

しかし、日常に海のない生活をしてきた私には海がなくなることへの憂えの感覚が理解できませんでした。

「どうしてそこまでして地元の海を守りたいのかがわかりません。何故ですか?」

高校生の私は率直な問いを口にしました。

「海は生活と結びついていて、かけがえのないものなんです。」

講演者の三浦さんはこう答えました。

それでも私は、その感覚がわかりませんでした。そこで、高校主催の「東北スタディーツアー」という被災地を視察する学習旅行に参加しました。

そこでは、実際に現地の人々の声を聞いたり、震災遺構の視察をしました。そして最終日に、実際に防潮堤建設に対する合意形成の争点になっている大谷海岸を視察しました。

人々の生活の一角を成していて、言葉では表せないほど美しくて尊い海でした。
そこで、友達と少し海辺で遊びました。
その時、友達が波をよけきれずに靴や靴下がびしょ濡れになってしまうというアクシデントがあり、本人も含めたみんなで大爆笑しました。とっても幸せな時間でした。

そしてこの時ふと「あ、だから何年かけても失いたくないほど、現地の人にとって大切なんだ。」と思いました。

海自体が現地の方の生活や記憶と結びついていて、そこで暮らす人々にとってのアイデンティティの一部なのです。失ったら苦しくなるほどたくさんのの思い出がいっぱいに詰まっているのが大谷海岸なのです。

こうして、日常生活で海と接して生きる人々にとって、
なぜ海が大事なのかを肌で学ぶことが出来ました。

この経験から、何事も当事者の視点に立たなけばわからないことが多いということを学びました。

だから私は、「百聞は一見に如かず」という言葉を大切にしています。

そして、ネットや本でしか情報を得られない場合、
現地にまで足を運んで自分の目で確かめます。

高校生の時に北方領土問題の実態が気になった時は、日本最東端の納沙布岬まで行って、根室側から北方領土四島を視察しました。

大学生になっても、太宰府の紫陽花が綺麗と聞いたら、その日のうちに福岡に行きました。

人種差別とは何か、世界では何が起こっているのか、日本はどういった点で独特なのかが気になった時は、交換留学に申し込んで自分の目で確かめました。

私の元々の好奇心旺盛さが「百聞は一見に如かず」という言葉に結びついた時に発揮されるのが、周囲から認められるほどの行動力なのです。

これが私の行動軸であり、価値観です。

本日もご覧頂きありがとうございました!

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